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一
桐ヶ丘高校の南校舎、芸術科目で使う教室が集中していることから芸術棟とも呼ばれるそこの四階。三つあるうちで一番小さな第三音楽室の中を満たしているのは、ピンと張った糸が解れていくようなギターとピアノの音色。それとあたしの声。ボカロ曲の「いかないで」を歌っている最中だ。
ラスサビを歌い終えた後、あたしはアウトロに耳を傾ける。自分の役割を終えたからって気は抜けない。あたしの油断が各奏者に伝播して、最後の最後でドミノ倒しになることだってある。だから完全に気を抜いて良いその時が来るまでは予断を許さない。
やがて祭囃子を彷彿とさせるようなアウトロが端的なアコギで締められた後、思わずふぅっと栓が抜けたような息を着くと、それに連なるようにその場の空気が一気に和んでいった。
「お~」
真っ先に声をあげたのは由良だ。あたしと同じクラスの一年生、高校でできた初めての友達。
「初めて合わせてみたけどこんな感じなんだ。すごい、エモいね」
次いで詩音先輩がベースの弦を撫でながら言う。
「それにしてもさ」と、先輩の言葉の穂先はハチミツを溶かした水を飲むあたしに向けられた。
「相変わらず胡桃ちゃんの声良いよねぇ」それに同調するように他の先輩や由良まで「それな~」と声を揃える。この部に入ってから何回も言われてきたことだとはいえ、未だにちょっと照れくさい。
「そ、そうなんですか」
自分じゃあまりそうは思わない。ボーカルをやっているから自信はある。だけど自分で自分の声が「良い」とはなかなか思えない。だけど先輩から「うんうん! 初めて聴いた時も上手だなぁって思ったけど、今はもっと上手くなってるよ」なんて言われたら素直に受け止めるしかない。実際、褒められて嬉しくないわけがないけど。
「ありがとうございます」
若干謙遜した感じを出して言ったら、部長のリイナ先輩が「キリも良いし、一回休憩挟もうか」と肩からギターを下ろした。
「そうだね~」
詩音先輩もベースを音楽室の壁に立てかけて自分の鞄を置いた机の方に歩いていく。せっかくの休憩時間だし、とあたしも手を組んで伸びながらその辺の椅子に座る。しばらくの間スマホでSNSの世界を覗いていたら、後ろから「胡桃~!」と由良に飛びつかれた。毎度のことながらいきなりそんなことをされたらびっくりする。
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