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正直なところ、入部して間もない一年生に部の顔とも言える役割を任せてしまって良いのかと思った。思ったけど、リイナ先輩と詩音先輩の熱意に押される形で了承した。クラスメイトには進んで話しかけに行くくせに、目上の人には入部してから一週間経っても話すのに緊張してしまうくらいには人見知りする性格がそうさせた。
だけどその提案を受けて後悔した、なんてことは一度もない。あたし程度の力が必要とされるならいくらでも協力したいと思うし、そのための努力ならいくらでもできる気がする。
ドレッドノートの木材柄とそっくりに錆びた弦を一本ずつ張り替え、チューニングがてらストロークやアルペジオを適当に奏でてみる。うん、良い音だ。本当ならフレットやネックの手入れもしたいけど、それは家に帰ってからやることにしよう。
納得のいく調整を終えると、それを待っていたようにリイナ先輩が「さて、そろそろ再開するよ」と立ち上がった。
夕方五時。軽音部はいつもこの時間に練習を終えて解散となる。あたしはたまに残って練習していくけど、今日は先約があるからそうはいかない。
「ありがとうございました~」
「お疲れ様〜」
まだそれぞれの楽器の片付けに追われる由良たちを尻目に一足早く音楽室を後にする。南校舎と北校舎を繋ぐ渡り廊下の突き当りを右に曲がり、一番奥の「1―A」のドアを開けた。
「遼くんお待たせ!」
彼の名前を呼ぶと、赤橙色に染まるグラウンドを向いていた顔がゆっくりとあたしの方へ動いてくる。そうしてあたしと目が合ったら、いつも彼はふっと微笑んであたしの名前を呼んでくれる。
「部活お疲れ、胡桃」
柔らかい笑顔が、あたしを呼ぶ彼の声が、そしてあたしが彼を呼ぶ声が心根に直接水をかけに来る。高校生の遊び感覚なんかじゃなくて本気であたしを想ってくれているのが伝わってくる。それが嬉しくてついつい頬が緩んでしまう。
「勉強してたんじゃないの?」
遼くんの隣の席に座って広がったままの生物の問題集に目を落とす。一学期から授業でずっと使っているものだから折り目が付きすぎてヨレヨレだ。遼くんはそれをそっと閉じてシャーペンをペンケースに入れる。
「ずっと気張ってても良くないし、軽い休憩してた」
「じゃあ、まだもうちょっとやってく?」
「いや、いいよ。後は家でやる」
「相変わらずのがり勉さんですこと」
「ほっとけ」
「んふふっ」
本当、こういう所が好きなんだよなぁ。あたしが冗談交じりにからかっても変に怒らないで笑ってくれる所。それくらいでマジギレしてくるような人なら最初からお断りなのはそうなんだけど、遼くんの場合は多少言いすぎたと思うようなことでもちゃっかり乗っかってボケてくることがあるから、一緒にいてすごく楽しい。
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