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二
あたしたちが付き合い始めたのは五月の半ば頃。入学して二週間くらい経ったある日の昼休みに屋上からベースの音が聞こえてきたのが、最終的に付き合うくらいまで仲が深まることになったきっかけ。耳が偶然拾っただけで「上手だな」と思わせてくる音に興味をくすぐられて、足が自然と屋上に向かっていた。その時は由良も一緒だったけど、彼女をその場に置いて屋上に向かうくらいには惹きつけられた。
急ぐように屋上のドアを開けると、少し冷たい春風でブレザーをなびかせる男の子の背中が一つだけあった。ちょうど演奏が終わったところだったらしく、肩で息をした後で満足げな顔で振り向いてきた。
それが遼くんだった。あたしと目が合うなり「えっ?」と固まる。あたしだってフリーズしそうだった。クラスでは須藤さんや今井くんと普通の高校生らしいことしかしていなかったはずの司馬遼太郎くんが、まさか目の前で肩からベースを提げてるなんて思いもしなかったんだから。
「えっと、ひょっとしてずっと聞いてた?」
先に口を開いたのは遼くんの方だった。
「あ、いやなんかベースの音するなぁって思って来てみたんだけど、邪魔した?」
「ううん、ちょうど弾き終わったところだし、邪魔とかじゃないよ」
「そっか。そういえばあたしのこと分かる? 同じクラスの灰原胡桃っていうんだけど」
「あ、うん。クラスメイトの名前と顔、もうだいたい覚えてるから分かるよ。逆に俺のこと分かる? 司馬遼太郎っていうんだけど」
「うん、いつも須藤さんと今井くんといるよね」
「そう。……なんか安心した」
「え、何が?」
「ちゃんと覚えてもらってるんだなって。それも、あの二人以外のクラスメイトからこんなに早いうちから、なんて思わなかったから」
「何それ」
二人してその場で軽く笑った。遼くんは照れくさかったのか左手で少し雑に頭を掻いた。
「司馬くんはいつもここでベース弾いてるの?」
「いや、今日はたまたま。風も日差しもすげえ気持ち良さそうだし、外で弾いたらスッキリするかなと思ってさ」
その日の朝から、教室の後ろの方にあたしのギターケースと似たようなケースが立てかけてあったのは彼のそれらしかった。
「学校来てまで触んなきゃダメなもんなの?」
軽音部のあたしが言うことじゃないように思ったけど気にしない。
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