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「ダメ、っていうか、俺一応プロのベーシスト目指してるから、触れる時間があるならなるべくベース触ってたいんだよ」
「へえ、プロか。それじゃ結構長い間弾いてるの?」
「中一の時に初めて、それからずっと」
「おぉ、やってるねぇ」
ずっと立ち話もなんだし、とフェンスに背を預けて座った。あたしの隣に彼も座った時、微かにシトラスの匂いが鼻を掠めた。
「笑わないんだね」
突然そんなことを遼くんが言った。
「え、何を?」
「俺の夢のこと」
なんだか、自嘲しているような言い方なのが気になった。
「まともにプロになることを意識し出したのが中三の夏くらいなんだけど、俺の夢を聞いた人たちみんなに『そんなのできっこない』って笑われてさ。でも、灰原さんだけは違ったのがなんか意外なんだ。絶対笑うと思ってたから」
「なんで立派な夢を持ってる人を笑わなきゃいけないのか、あたしにはよく分かんないな」
「え——?」
ベースを指弾きしていた彼は呆気にとられたような表情をした。あたしの言葉が信じられないとでも言いたげだけど、これは紛うことなき本音だ。
「あたしは司馬くんみたいな立派な夢なんてまだ持ってないけどさ、でも、ちゃんとした夢を持ってる人が、そうじゃない人に後ろ指を刺されるのは違うと思う。そんな人のことなんか気にしないでやりたいことをやれば良いよ。その方が、いつか笑ってきた人たちに『無理なんかじゃなかったぞ』って言い返せるでしょ」
「…………」
「それにホントに無理なのかどうかだって、実際に弾いてるところ見てみなきゃ分かんないじゃん。ただ夢を聞いただけでできるかできないかを決めつけるなんて、そんなのただのエゴだよ」
だから、あたしはスマホのミュージックアプリを開く。
「だから司馬くん、今ここで弾いてみて」
「えぇ?」
「司馬くんの夢が絵空事かそうじゃないか、あたしが聞いて決める」
「でも……」
「もしかしてイヤ? それなら無理にとは言わないけど」
「そういうんじゃないけど……」
歯切れを悪くした遼くんは首の後ろに手をやりながら申し訳なさそうに言った。
「人に聞かれるの、なんか恥ずかしくてさ」
「あ~なんとなく分かるかも。でもさ……」
共感できたのは、あたしもそうだったからだ。そもそもインスタに弾き語り動画を投稿し始めたのは、自分の歌声が他人にどう聞こえるのかが気になったから。だけど最初は自分の声とギターの腕前を客観的に聞かれるのが恥ずかしかった。だけど、初めて投稿した動画に「繊細で消え入りそうなのになんでこんなに芯の通った声なんだろう。ギターとよく合っててすごく惹き込まれる」っていうコメントが一件だけ書かれているのを見てからは、少しずつだけど自分の声に自信が持てるようになってきた。だから、由良に「軽音部の見学行ってみない?」って誘われた時も素直に「うん、行こう」って頷けた。
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