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玉石混交
「ねえ、四字熟語のテスト、どうだった?」
驚いて頭上を見上げると、クラスメイトのユウトウセイがいた。
「なんだよ、急に。おれ、今寝てただろ。」
「だからこそ、君は今起きたんでしょ?」
「はあ?」
おれはこのユウトウセイが嫌いだ。
テストは基本的に百点満点、低くても九十点。体育でも皆が出来ない技を簡単にやってのける。服はいつも小綺麗。意味がわからないことばかり言ってるくせに、皆に優等生、優等生とチヤホヤされてる。転入生、つまり途中からクラスに入ってきたはずなのに、今となってはクラスの中心。
「"問九"、"ギョクセキコンコウ"の答え、わかった?」
「……どうだっていいだろ。先生にでも聞けよ。」
日頃から穏やかなユウトウセイでも、これだけ言えば呆れてくれるだろう。あるいはカンカンに怒って、"優等生"ではなくなるかも……。
「やだよ、僕は君と話したいんだ。」
「意味わかんねー……」
おれは再び机に突っ伏した。「あっ二度寝しないでよー!」という抗議の声が聞こえたが、そうじゃない。さっきから周りの視線が痛いのだ。恐らく、というかほぼ確実に「なぜあんな奴が優等生と喋ってるんだ」「優等生はあんな奴にまで声をかけるのか」……などと思っているのだろう。
ユウトウセイは懲りずに話しかけてくるので、おれは諦めて、突っ伏した状態のまま会話をしてやった。
「ねえ、答え、合ってたの?」
「……合ってたよ。」
「意味は?わかる?」
「うるせーな……」
正面にいるユウトウセイを蹴ってやるつもりで、勢いよく足を伸ばした。あたりもかすりもしなかった。
「僕ね、この言葉が興味深いなって思うんだ。」
「あっそ」
「"玉石混交"、まるでこのクラスみたいじゃない?玉と石……つまり、価値があるもの、ないものが交ざってる。価値がある人と価値がない人、交ざってるでしょ?」
「なんだよ、おれに価値がないって言いに来た訳?」
おれは顔を上げてユウトウセイを睨んだ。
睨んだ、つもりだった。
ユウトウセイはいなくなっていた。
そして、いつの間にかおれの横には担任の先生がいた。
「三浦くん、今、誰と喋ってたのかな?」
先生までこんなにユウトウセイに執着してるなんて。
「別に。もう、話しませんから。」
「三浦くん、先生……答えてほしいな。」
「優等生ですよ、優等生。おれとは違う、ね。」
「優等生……って、中野くんのこと?」
おれは頷いた。
皆がざわつきだし、教室が騒がしくなった。
「……本気で言っているの?」
先生は真剣におれの目を見て言った。
おれはまた頷いた。
「三浦くん、中野くんは今、入院中でしょう……?」
入院中?ああ、そうだった。ユウトウセイに無関心すぎて、そんなことまで忘れていた。先々週の体育の時間、足を折ったとかで──……
じゃあ、さっきまでおれと会話していたのは?ユウトウセイは死んでないし、幽霊ではないから……幻覚?
チャイムが鳴った。二時間目と三時間目の間の休み時間が終了した合図だ。
「あー……寝ぼけてただけです。」
先生が青ざめていたので、おれはそう言った。先生は「そうよね。」と言い、足早に教室を去った。
「違うよ。幻覚でもないし、君は寝ぼけてもいない。僕は確かにここにいる。」
おれは聞こえないふりをして、再び机に突っ伏した。
「ねえ、無視しないでよ、ねえ、三浦くん、ねえ、話を聞いて。」「僕は君が羨ましい。」
幻聴だ。ユウトウセイがこの場にいるのはおかしい。第一、おれを羨ましがる筈がない。
「テストで好きに良い点とれて、羨ましい。僕は良い点をとりたくてとってる訳じゃない。とらなきゃいけないからとってるんだ。それなのに、君は自分の意思で良い点をとってるでしょ?」
ユウトウセイへの妬みが生んだ、おれの妄想だ。
「僕は、嫌われたくないから、除け者にされたくないから、ただそれだけだったのに、いつの間にか引き返せなくなってたんだ。」
偽物だ。
「君が妬ましい。どうして自分の好きなように生きれるの?どうして周りから期待されず、自分の価値を示せるの?」
こいつは、期待と過信を履き違えている。こいつが発しているのは、稚拙でどす黒い言葉。そうとしか言い表しようがない。
「ねえ、三浦くん。価値って何?君は宝玉?それとも石ころ?僕は、君が石ころじゃないことを知ってるの。僕が宝玉じゃないこともね。」
耳を塞いだ。
「価値があるのは、ただの優等生なんかじゃない。」
「見てたんだ、ずっと。どの教科でも、どの場面でも、君には価値があると思い知らされた。」
「僕には、君みたいな自由さがない。」
「君は」
バチンッ
ユウトウセイの左頬が赤くなっていた。
いつの間にか、おれは彼の頬を叩いていたのだ。
「……ユウトウセイ、これでおれがお前と話すのは最後だ。いいか?だから、よく聞け。」
小声で、でも口調は強めにしてそう言った。ユウトウセイは、これまでクラスでは見たことがないくらい間抜けな顔だった。
「"玉石混交"はこのクラスなんかじゃない。人は価値の有無だけで分けられない。おれは、"玉石混交"は人間一人だと思う。」
ユウトウセイは目を丸くする。
「価値がある部分、ない部分。価値がないように見えて本当は価値がある部分、あるように見えてもない部分、他も全部。価値の有無は混ざって、交わる。」
「お前の言ってること、よくわかんなかったけど、とりあえず……俺もお前も、"玉石混交"している人間だ。」
告げた時、ユウトウセイは消えていた。瞬きをした間にでも消えたのか。
……いや、最初からおれの妄想なのか?
その答えは、数日後に戻ってきた彼の、赤みがかった左頬が示していた。
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