願い

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願い

「ねえ、知ってる?」 何をだろう。 流行りの甘味のことだろうか。 それとも祭りのことだろうか。 「土地神のちからって言っても大したこと無いって事」 何を突然前置きされたのか、最初はよく分からなかった。 「別にそこに住んでる人を不老不死にすることなんてできないし、事故だって病気だって起きてしまう」 それは知っている。 アンラッキーなことは世の中沢山あるし、不幸なことが消え去った世界なんて空想上だけのものだ。 本当に幸せだけで世界ができているのなら、わざわざこうやって学びに別の土地にいくことだって必要ない。 そんな当たり前のことを突然言われてよく意味が分からなかった。 「土地神様がいて皆喜んでいますよ」 褒められたいのかと思ってそう答えると土地神様は「違う、違う」と言った。 それから僕のことをじいっと見て、「お願いがあるんだけどさ」と言った。 「三丁目の奥の花屋さんのお母さんなんだけどさ」 土地神様が言うには、その花屋の奥さんの子供が長患いしている。 その看病で奥さんは仕事もままならない。 役所に言おうにも、お子さんは今日がヤマだと思う。 「家にはもう殆どお金も無いし、どうしようもない」 土地神様は腰に刺した剣をさやごと外すと(つか)についていた見事な赤い宝石を取り外した。 瑪瑙だろうか、それともルビーだろうか。 赤く輝く石の種類を僕はよく知らない。 それに剣を刺している目の前の神様が戦を司るため剣を持っているのかさえも実はよく知らないのだ。 「ツバメ、これを花屋さんに持っていってくれないかい?」 土地神様はそう言った。 「嫌ですよ」 僕は当たり前の様にそう答える。 当たり前だ。 こんな高価そうな石を花屋さんに渡したらどうなる。 盗品だとなってしまったら逆に迷惑をかけてしまう。 「泥棒扱いされると、花屋さんが大変ですよ」 僕が親切心で言うと、土地神様は「そうじゃないから大丈夫」と言った。 「これを持って花屋さんの前まで行って欲しいだけなんだよ」 私はこの社から動けないから。と土地神様が言った。 石を花屋さんの前まで持っていけば神様の術が使えるから。 そう言われて初めて納得する。 「でも、すごいですね花屋さんがどうなっているのか見えるなんて」 神様は嬉しそうに笑う。 「この街のことなら何でも見えているよ」 偉そうにというよりも、何よりも愛おしいものを見ているような表情で土地神様がそう言った事が印象的だった。
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