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そこにいたのは上半身だけ着物をはだけるようにさせた土地神様だった。
「ちょっと、お願いがあるんだ」
困ったように笑う土地神様の表情は見たことがある。
あの赤い石のお願いと同じ類いのものだと気がつく。
「今日は、どこにお使いにいけば?」
いい加減役所でも学校でも病院でも、誰かに任せてしまえばそちらのほうがいいのではないかと思う。
僕のことを引き止めたのも、この用事があったからかもしれない。
土地神様はこちらを見て微笑む。
「手を出してくれるかい。
こう、受け皿を手のひらで作るみたいに」
土地神様はそう言うと腕を前に向かって出す。
そこには入れ墨の様に金の文様が美しく描かれている。
その金色がこの街の人たちの自慢だった。
僕が手を差し出すと、その金色の文様がしゅるしゅると動く。
まるで蛇が指先に向かって這う様に金の文様が土地神様の指先に向かって動いていく。
雫のようになって、金色はぽたり、ぽたりと僕の手のひらに落ちていく。
「今度はどこで悲しいことがあったんですか?」
今日が初めてではなかった。
だから、なんとなくそういうことだと知っている。
彼の代わりにかわいそうな人のところに行って、これを渡してくる役目が僕の仕事なのだろう。
土地神様は「総合病院の前の交差点だよ」とだけ言った。
それ以外、それがどういう人なのか、何が困っているのか何も言わなかった。
僕は少しどんなことのためにこれを運ばなければならないのか知りたかったけれど、土地神様は教えてはくれなかった。
この金色の文様を外すために着物をはだけていたのだろう。
すぐに着直してしまっていつもと違うところは何もない。
けれど、彼を飾っていた装飾品はもう殆ど何も無いことに気がついた。
この一年弱でほとんど、お願いに使ってしまった。
美しいと言われていた彼に残っているのはその青く美しい瞳だけだと気がつく。
「あの、本当にこれを持っていっても?」
「ああ、そうお願いしているだろう?」
それ以外の選択肢は無いとばかりに土地神様は言う。
僕は軽く会釈をすると慌てて大きな総合病院の前の交差点へと急いだ。
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