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プリズム
すっかり葉桜になったなあ、なんて呑気に窓の外を見ながら廊下を歩いていたら、小さく開いた窓の隙間から、強い風が吹き込んできた。
思わず目を閉じてしまうほどの勢いで、その拍子に手の中のプリントたちが滑り落ち、廊下にばら撒いてしまった。
(やっちゃった……)
遠藤美咲は急いでしゃがみ込んだ。
日直のため、クラス全員の課題を集めて職員室に届けるところだった。一枚でも欠けてしまったら大変なことになる。
廊下を行き交う生徒たちは、完全にスルーする人もいれば、手伝ってくれる人もいる。捨てる神あれば拾う神あり。美咲は顔を赤らめながら、その都度お礼を言って受け取った。
最後の一枚を拾い、枚数を数える。
37、38、39……一枚足りない。
青くなって廊下を見回していると、目の前にプリントが差し出された。
「あっ、どうも……」
よかった!と思ったのも束の間、美咲は相手を見て、顔をしかめた。
「……その、毛虫でも見る目つきはやめろ。それが拾ってやった相手にする態度かよ」
そう言ってくる彼も、美咲に負けないくらい仏頂面だ。
美咲は視線を外しながらプリントを受け取り、渋々お礼を言った。
「……ありがと」
「相変わらずどんくさいやつ」
ムッとして顔を上げたとき、明るい声が飛び込んできた。
「深山先輩!」
スラッとしてスタイルのいい女子が、長い髪をなびかせながら、小走りに駆け寄ってくるところだった。
プリントを拾った男子――美咲と同じ二年生の深山薫を先輩と呼ぶからには、この子は新入生なのだろう。一年女子は近くまでやってくると、美咲にもふわっと微笑んで頭を下げた。そして、ぱちくり瞬き、
「わ、綺麗な瞳……」
あまりにもくったくなく言うものだから、本当にいい子なのだろうなと思った。
「じゃあ、深山くん、ありがと」
美咲がその場を離れると、背後から二人の会話が聞こえてくる。
「佐藤、どうした?」
「会長のところに行ったら、推薦がないと入れないって言うんです。深山先輩、推薦してくれません? 先輩がいるから頑張ってここ合格したんだもん。また一緒に生徒会やりたいですー!」
聞き耳を立てるつもりはなかったけれど、なるほど、二人は同じ中学で生徒会をやっていたようだ。
納得していると、薫は穏やかに断った。
「あー……、ごめん。俺にそんな権限ないんだ」
「そんなあ〜。じゃあ、どなたか紹介していただけませんか」
「そうは言ってもなあ……」
美咲は足を早めた。二人の会話がどんどん遠くなる。
あの、猫っかぶりめ!
誰に対しても穏やかで愛想のいい深山薫は、美咲に対してだけは違うのだった。
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