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「そんなの、いっぱいあるじゃん。頭いいしー、優しいしー、かっこいいし?」
中学からの親友、阿部文香は、おにぎりを頬張りながらにやにやした。
美咲の心とは裏腹に、透き通るような爽やかな青空。
裏庭のベンチは美咲のお気に入りの穴場だ。この間まで美しく心を和ませてくれた桜の木々が、新緑の葉をさわさわと揺らしている。
美咲は気持ちのままに、卵焼きをぐさりと箸で刺した。
「そんなの上辺だから。本当は腹黒いのに、なんでみんな気づかないのよ」
勉強だって、子供の頃は全然できなかったくせに。
中高一貫のこの学園は、美咲がいうのもなんだが、けっこうな進学校なのだ。それなのに高校から外部入学してきた薫は、首位争いの常連である。
「深山くんが素を見せるのが、美咲だけだからでしょ」
「お互い嫌いだからだよ」
美咲がむくれながらシラス入りの卵焼きを咀嚼していると、文香はやれやれと肩をすくめた。
「まあ、いいけどね。もだもだしてんの、見てるこっちは面白いし」
「どういう意味?」
「さあねー。あっ、あたしもう行かなきゃ」
文香はこれから委員会の集まりがあるのだという。慌ただしくお弁当を片付けると、校舎に向かって走って行った。
美咲もお弁当箱をハンカチで包み、空を見上げた。
ブレザーのポケットに手を入れ、眼鏡を取り出す。
赤いフレームの小さな眼鏡。陽に透かすと、レンズに差し込む光が虹色の光沢を放つ。
この眼鏡は子供の頃に祖母がくれたものだ。
あまりにも揶揄われるので、「こんな目の色イヤだ」と泣いていたら、祖母がそっと眼鏡をかけてくれた。
後から分かったことだが、ブルーライトカットのレンズで、分からないくらいの色がついている。
祖母に促されて鏡を見てみると、瞳の色が気にならなかった。
祖母のことが大好きだった美咲は心が咎めた。
そして、そんな美咲に「そんなのつけたらきれいな目が見えなくてもったいない」と言ったのは、隣に住む男の子だった。
(そんなこと言いながら、気持ち悪い虫を持ってきて、とことんいじめたくせに……)
この眼鏡は美咲のお守りのようなものだった。持っているだけで安心する。
「あー、いいお天気……」
うららかな陽気が瞼を重くする。
風がそよぎ、優しい葉の香りが鼻をくすぐった。
少しだけ、と思い、美咲は目を閉じた。
ふと肩に重みを感じて目を開けると、誰かが隣に座っていて、美咲は跳び上がらんばかりに驚いた。
(だ、誰……!)
恐怖のあまり身じろぐと、隣にいた人は顔を上げた。深山薫だった。
いったい、いつからいたのか。彼も眠っていたらしく、寝ぼけ眼で美咲を見つめてくる。
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