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「早く切ってよ」
鏡越しに見た春馬は、いつもなら、はいはいとすぐに私の髪に手を掛けるのに、今日は腰に手を当てたまま、黙って私を見ていた。
「それも真理亜の言う、恋愛のススメの定義?」
「え?」
「ドキドキしてた恋愛がうまくいかなかったら、髪切って、吹っ切るってやつ?」
「えと、それは……」
「なぁ、そんなに先生が好きだったのかよ?
真理亜の先生にドキドキする理由って、何だよ?」
「それは、……先生は大人だし……タバコも吸えるし……」
今思い返すと、多分、先生がすっごく好きだった訳じゃないと思う。
でも私より随分大人に感じて、タバコを吸う仕草一つでドキンとして、私は『恋のススメ』の定義に、先生を自分勝手に当てはめていたことに気づいていなかった。そしてその恋の定義が、そもそも間違っていることにも。
「なぁ、真理亜、恋するのにドキドキする理由って必要?」
「え?だって、ドキドキするのが恋でしょう?」
呆れたような顔をした春馬が鏡越しに笑った。そして、その表情は、すぐに真剣な顔に変わる。
「俺はドキドキしなくても真理亜と真理亜の髪に恋してる。小さい頃からずっと」
ふわりと髪を漉くように撫でる春馬に、何故だか釘付けになる。
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