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駄々っ子彼氏
「ない!やだやだ!」
近所のホームセンター、子供のように足をバタバタさせて駄々をこねる、レオ。
身長170cm体重59kgの成人男性による、全力駄々こねほど恥ずかしいものはない。
そんな駄々っ子の彼女になって2年目。
この光景に慣れてしまった私は、相当深刻な彼女だろう。
駄々をこねるレオに近寄る。
「どうしたの」
「ないの!」
「なにが」
「フライングソーサーがないの!」
「ソーサー?」
「フライングソーサーって品種の朝顔の種がない」
「ソーサーじゃないとダメなの?朝顔ならどの品種でもいいじゃん」
「グリーンカーテン作るなら、葉が密集しやすい西洋朝顔じゃないとだめなの」
「ソーサー以外で、西洋朝顔ないの?」
「ヘブンリーブルーも西洋朝顔だけどさ」
「ヘブン……あるじゃん!これでいいよ」
「これでいいってなに!投げ遣りみたい」
「ヘブンリーブルーが!いいな!」
まったく。この男は。
こだわりは強いし、駄々っ子だし、私が雑に対応するとすぐ拗ねる。
でも、そんなところが可愛くて付き合い始めたのだけど。
身長173cm体重55kgの私、アミ。
男性が見上げてくることには慣れているし、可愛いよりかっこいいと褒められることにも慣れている。
***
私の運転で家まで帰る途中、ドライブスルーのコーヒーショップに寄った。
「ねぇ、コーヒーくらい俺が払うからいいってば!」
「いいの、私が買ってあげたい」
「……ありがと」
「はいよ」
「……少しくらい甘えればいいのに」
車から流れるラジオの声に、掻き消されたレオの声。
「え?なんて?」
「なんでもない」
***
帰宅してすぐ、ベランダでグリーンカーテン作りに取り掛かった。
プランターに土を入れ、指で穴を開ける。その穴に2粒、種を入れて土を被せた。
すぐ横には、プランターの前で体を小さく丸めてしゃがむ姿。
「小さくなって作業してるレオ可愛い」
「へへ」
三日月のように目を細めて笑う。
そうだ。私は可愛いと言われるよりも、伝える側がいい。
***
種をまいてから1週間以上たった。
……なぜだ。
種をまいて、4日くらいで発芽すると聞いたのに。
「レオー、全然芽が出ないんだけど」
「ほんとだね」
「しっかりお水あげてたのに」
「やりすぎもよくないけどね」
「グリーンカーテン、夏までに間に合うかな」
いつもの私なら、
「夏までに完成すればいいし、もう一回作り直すか」と大人の対応して解決だ。
……でももし、ここで私がレオのように駄々をこねたらどんな反応をするのか、ちょっと気になった。
勢いに任せ、レオの目の前で、
「もう!なんで芽が出ないの!アミ悲しい!」
とレオのように足をバタバタ、ピョンピョン飛び跳ねて駄々をこねてみた。
どうだレオ、これがいつものあんたの姿だぞ。恥ずかしいだろ。少しは大人になりなさい。
と皮肉を込めて。
「……え?」
静寂に包まれた後、それだけつぶやき視線をそらす。
え、それだけ?
気まずい雰囲気が流れる。
心地よい風が二人の間に吹き込み、レオが口を開いた。
「……かった」
「え?なに?」
「さっきの可愛かった」
「そう……え?」
今まで一度も可愛いって言ってくれなかったじゃん。
いつも可愛いねと伝える側だった私は、初めての感覚に胸が高鳴る。
同時に、私の知らない感情が芽生えた。
…駄々こねたり、甘えたりするのも悪くないかも?
朝顔の花言葉「愛情」のように彼の愛情を深く感じた日だった。
***
「ねぇ、さっきの駄々こねもう一回やってよ」
「え、やだ」
「やって、可愛かったから」
「無理だね」
「やだやだー!やって!」
彼の駄々こねは、まだまだ続きそうだ。
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