4人が本棚に入れています
本棚に追加
夕子と絶望
すでにインターネット上では騒ぎになっていた。高遠結花サイン会でテロ。身を挺して守るファンの少女。高遠結花の失踪と誘拐疑惑。
「騒ぎになっていますね。とりあえず、ホテルを取っているのでそこにいったん避難してもいいですか?」
結花は驚くほどに冷静だった。ビジネスホテルで一旦仕切りなおす。興奮状態が少しさめたことで、ライトはいつものように人見知りを発揮して緊張し始めた。
「あの、あたし、怪しいものではなくて、あ、これ学生証です。高校生です。秋田から来ました」
一応携帯していた学生証を見せて、しどろもどろになりながら自己紹介をする。
「川井夕子ちゃん……同い年だね。私と、同じ名前。まず、助けてくれてありがとう。それからサイン会に来てくれてありがとう」
「同じ名前……?」
「高遠結花は芸名なの。イメージ戦略っていうのかしら。高遠静月の子孫なのは本当だけど、名字は違うの。結花は代表作の『髪結いと押し花』からとったのも本当。あの猫又さんの言ってたこと、的を射てる。本当の名前は吉田夕子」
祖母から聞いていた「吉田さん」の話を思い出す。結花と小町を引き合わせてしまったことを深く後悔した。
「ごめんね。我が家の事情に巻き込んでしまって」
「いえ、その、私が全部悪くて」
「気にしないで。むしろ感謝してるの。せっかく助けてもらっておいてこんなこと言うのも申し訳ないんだけれど、私あの猫又さんに殺されてもいいと思ってるんだ」
結花はベッドに腰かけて、スマホをライトに渡した。SNSのDM画面にはファンレターに紛れて暴言が並んでいる。
「毎日のように、何百人、何千人から悪口を言われるの。ひどいデマが流れることもあるし、有名俳優さんと共演したときは殺害予告されたこともあった。私ね、もう疲れちゃったの」
結花はすべてを諦めた目をしていた。
「でもね、小さな時から芸能界にいたからここ以外での生き方なんて知らない。高祖父の七光りで芸能界に入ったけど、努力しても努力しても限界なんて自分が一番わかってるの。何よりね、こう毎日悪意に晒されてると私自身が高遠結花を嫌いになってくるの」
「あたしはっ、結花ちゃんが好きです!」
ライトは声を絞り出した。
「うん。ありがとう。最期にそう言ってくれる人に会えてよかった。私は自分で死ぬ勇気なんてないから、猫又さんに命をあげる。それで、少なくともあの猫又さんの苦しみは晴れるんでしょう? メディアに出るたびに、誰かを不愉快にしちゃう私でも、こういう形で役に立てるなら、私なんて死んでもいいかなって思えるの」
最初のコメントを投稿しよう!