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夕子と解放
どうして自分の体は弱いんだろう。どうして結核に罹ってしまったんだろう。どうして自分自身で沢野に『髪結いと押し花』を手渡せなかったんだろう。どうしてあの夜、静月を愛していると言えなかったんだろう。
どうして小町を傷つける選択をしてしまったんだろう。どうして小町が不治の病になったとき心中する道を選べなかったんだろう。どうして見合いを断らなかったんだろう。どうして『髪結いと押し花』を誰にも渡したくないなんて思ってしまったんだろう。どうしてあの夜、小町自身を愛していると伝えなかったんだろう。
数えきれないほどの後悔が静月と小町を襲った。どんなに後悔したところで二度と時は戻らない。
もはや小町に殺意は残っていなかった。壊れた人形のように、どうして、どうしてと呟いていた。
「静月さん。お願いです。小町のために、最後の夜をやり直してあげてくれませんか? 小町が前に進むために」
静月はお札をはがした。小町を抱き上げて、神田明神へと向かう。100年以上前と同じだ。
神田明神にたどり着くと、静月は小町の目をまっすぐ見て言った。
「小町、愛している。君のその瞳も、君のその声も心も、紡ぐ物語も、すべてを愛している」
「静月……あなたは私の全てだった。静月の作品が駄作ばかりだなんて嘘だ。世間が認めなくても、私は好きだった。静月の物語だけでなく、たとえ許されないとしても静月自身が好きだった。もう一度あなたを愛したい。でも、私は人を騙して脅して傷つけた。もう遅い」
「全部僕の罪だ。僕は君を傷つけて、日本国民を欺き、子孫にまで迷惑をかけた。僕一人で君の罪を背負う」
静月は小町を強く抱きしめた。
「遅すぎるんだ。もう私は人ではないものになってしまったじゃないか」
「それでも好きだ」
不器用なまますれ違い続けた二人は夕日の下でようやく結ばれた。
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