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尻尾が二股に割れた猫の妖怪、猫又。日本各地にそれにまつわる伝承があり、ライトの住む羽後地域も猫又伝説は存在した。ライトも教養として猫又の存在を知ってはいたが、突然の出現にはさすがに驚いて言葉を失った。
「お前さんもイタコか?が、まだ見習いと見える。封印を解いてくれたのか。感謝するぞ」
猫又は高い声ではっきりとライトに語り掛けた。ライトは口をぱくぱくとしている。
「障子の向こうからイタコの匂いがする……。私を閉じ込めたイタコだ。すまないが、今すぐ私を匿ってくれないか?」
猫又はそういって押し入れに隠れた。ライトは押し入れの扉を言われるがままに閉めた。
「随分と賑やかだねえ。って、夕子。その押し入れには触らないでおくれよ。危険な妖怪を封印している箱や、大事なお札が入っているんだ」
「妖怪?」
「ああ、夕子が生まれる少し前位にね。東京の吉田さんと言ったかな。ひいおじいさんくらいの世代から20歳を過ぎると災難に見舞われるようになるらしくてね。お祓いに来たら猫又が取り憑いていて……」
「猫又……そんなに悪い妖怪なの?」
「だいぶ長い間この世にとどまっていたから年月を経るごとにどんどん妖力を強めてきたようだったね。妖力が強すぎて当時のばあちゃんの力で祓うのは無理だったから封印することにしたのさ。
しかも、普通猫又は死んだ猫がなるものなんだけど、そこに封印した猫又は元は人間だったんだよ。しかも、ただの幽霊は人を殺すほどこの世に干渉する力はないはずなのに。わざわざ妖怪になってまで吉田さんを狙ったということは……相当な恨みがあったんだろうねぇ。
だから間違ってもこの押し入れには触ってはいけないよ。そもそもこの部屋には入らないように小さいころから言っているというのに」
「だったら、あたしの服返してよ!」
「あの変な格好で外を歩かれたらご近所さんの笑いものだよ」
「変じゃないよ! 結花ちゃんがノワールマチルダの『花』のMVで着てた服だよ!」
ライトはノワールマチルダというアイドルグループの大ファンである。その中でも、高遠結花という同い年のメンバーを推している。最新シングル『花』では高遠結花が自身初となるセンターに抜擢され、MVのドラマでも主役を演じている。真似をしたくなるのは当然の心理で、お小遣いをはたいて結花と同じ服を買った。
「そんな俗世のことにばかり興味を持って……」
「俗じゃないよ!結花ちゃんは文豪の末裔だし、『花』って曲は昔の名作小説から着想を得てるんだから!すっごく高尚なの。そこらのチャラチャラしたものと一緒にしないで」
「うーん、文豪ねえ。ごめんよ。ばあちゃんは学がないからお札の漱石さんしか知らないんだよ」
「いいから服返してよー!おばあちゃんの泥棒!」
ライトは猫又のことをすっかり忘れて服の話に終始した。好きなもののことになると周りが見えなくなる性格は昔からだ。
祖母との押し問答がしばらく続き、服は返すが家の中だけで着るという話に落ち着いたところで、祖母が台所に戻った。
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