夕子と文豪

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 1時間目は古典の授業だ。単元は高遠静月(たかとお・せいげつ)の『黒い夕顔』。夭逝した明治の文豪、高遠静月の遺作であり、男が女の霊に惨殺される。単元はほとんどまとめに入っていた。 「この物語ですが、源氏物語の夕顔に着想を得ていると言われています。場面が非常に似ていますからね。もっとも夕顔の帖で死ぬのは女性ですが……。タイトルはそこから来ているんですね」  国語教師が作品の解説している。内職をしたりおしゃべりをしたりしている生徒も多い。ライトも例に漏れず、小町と筆談していた。 「なんだ。令和の日本ではこんなヘボ小説家の作品が名作ともてはやされているのか。虫唾が走る」 「そうかな……。って、知ってるの?」  筆談では人見知りの性分が多少緩和され、敬語が抜けている。 「この時代の生まれだからな。この駄作の頃にはもうこの世にはいなかったが、こいつの作品はどれもろくなものじゃない。こんなものを若者に教えているなんて世も末だ。イタコもそう思わないか?」 「確かに、この人の作品中学でもやったけどあんまり好きじゃなかった。『とんぼの林』だったかな。つまらなかった」 「ああ、それもどうしようもない駄作だ。漱石や鴎外とこいつを並べるだなんて、とんだ侮辱だろう」 「でも、あたし『髪結いと押し花』は好きだよ。この人の作品。推しの歌の元ネタになっててるから読んだんだけど、それに……」 「ふーん、見習いイタコ、審美眼がなかなかあるじゃないか。昨日祖母に変な格好だのなんだの言われていたが、自分の感性は大事にした方がいい」  実際に、高遠静月は『髪結いと押し花』で文壇デビューをし、世間に注目されるようになった。当時、日本中がこの小説に熱狂していた。『髪結いと押し花』も源氏物語の影響を受けているとみられる箇所がある。 「『黒い夕顔』は病床で一人っきりで書いたと言われています。当時、静月は結核にかかっており……」  ライトは自分の感性を初めて褒められたことが嬉しかった。ライトは、実際は『黒い夕顔』は駄作というほどではないと思っていたが、大きな感情にかき消されて忘れた。 「ほんとに?」 「ああ。お前の感性は嫌いじゃない。色々とこの時代のお前の好きなものを教えてくれないか?」 「うん!いっぱい、話聞いてほしい」  ライトの文字のフォントは3倍大きくなってノートの上で踊った。
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