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「やぁ、彩乃ちゃんに雅人くん。久しぶりだね?」
「ご無沙汰してます、克彦先生」
草野医院へと向かった私……だけど、院長……草野 克彦さんにそう云って頭を下げ、手土産を渡したのは雅人だった。
てっきり、私だけが報告に来るものだと思っていたのに……「じゃあ、報告は雅人がしっかりやってね?」の香野さんの一言で雅人も同行する事に。
確かに雅人に比べればしっかりさは劣るかもしれないけど……そんなに信用ないのかな、とちょっと凹んでたりするわけで……
「……おい!」
「へっ!?」
少しヘソを曲げていた私に、雅人が思い切り肘で小突いてきた。
ハッと我に返った私の目に映ったのは、ものすっごい呆れ顔の雅人と優しく微笑む克彦先生の姿だった。
「どうぞ」と克彦先生に促されて、私と雅人は先生の対面のソファーに並んで腰かける。
克彦先生と香野さんはとても仲が良くて、2人は私が香野さんの下で働かせてもらう大分前からの付き合いらしい。
30半ばの克彦先生は、そのテクニックと人望をかわれて若くして院長を任されているのだと云う。
「2人共、よく来てくれたね」
「今日は、当研究所でフェーズⅢまで進んだ新薬ができましたので、ご報告に参りました」
「製薬業界は今、新薬の開発ラッシュかい?」
「え?」
克彦先生の意味深な口ぶりに、私は疑問の言葉を返した。
雅人を振り返るも、彼も分からないと云うように肩をすくめて見せる。
だけど、先に口を開いたのは雅人だった。
「克彦先生、それはどう云う……?」
「いや、先ほど新しい製薬会社が飛び込みの営業に来てね。新薬を開発したから是非、と云って来たんだけど……」
「先生、そのお話は……」
「もちろん、丁重にお断りさせて頂いたよ」
焦った私とは正反対に、克彦先生はニッコリ笑ってそう答えてくれた。
克彦先生の言葉に、私は安堵に胸を撫で下ろした。
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