火星の女と地球の女

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火星の女と地球の女

「先輩格好いい!」 「本当! 先輩が男の人だったらいいのになぁ」  窓際で誰かがそんな話をしているのが聞こえる。私も彼女達の頭越しに窓の外へちら、と目を遣る。陸上部だろうか、短髪の女子生徒が走り込みをしていた。凹凸のない身体。しなやかな手足。その姿はまるで少年のよう。  ふと私の存在に彼女達が気付く。まるで何も見ていなかったかのように私は歩き出す。この学校の女生徒のほとんどは、私を空気のように扱う。とは言え女子高なので私に話しかける人間は皆無に近いのだが。そして少し近寄れば不躾な目で見ないでよ、と視線で射る。 「やだ、男女に見られた」 「何なのよ、男女のくせに」  どっちが不躾なんだか。男女。それが私の呼び名。大体、男女と格好いいの違いって、何よ。心の中でそう呟く。髪が短く、男のように振る舞う彼女達は女子校の中の羨望の的だ。髪さえ短ければ私も彼女達の仲間に入れたのだろうか。それでも切る気が起きないのはこの本のせいかもしれない。  少女地獄。夢野久作の短編集。その中の一編、火星の女。私の愛読書。  身元不明の焼死体を巡る新聞記事。その周辺で起きる不可解な事件の数々。そして最後は、その死体が生前書いた真相を打ち明ける手紙で締め括られている。ヒロインは女の子らしくない長身で、火星の女と呼ばれている。  いつか、この長い髪を振り乱して復讐を果たそう。彼女のように。……もっともこの学校の校長先生は外面も良くはないし、汚職する程肝っ玉があるわけでもない。だから当然過ちが起こるべくもなく、復讐する相手も居ないのだが。
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