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僕のプロローグ
目が覚めると、今日も朝からよく晴れていた。テーブルに置いてあったテレビのリモコンを手に取り、画面に向けて電源ボタンを押すと、たちまち滑舌良く話す女性の声が、静かな部屋の中に響き渡る。
『次のニュースです』台所へ向かおうとした時だった。急に緊迫感ある声に変わったのが分かり、僕は足を止める。次いで耳を塞ぎたいような内容が背後から聞こえてきてた。
『ーー県○○市のアパートで、二歳の女の子が、部屋に置き去りにされ死亡させたとして、女の子の母親が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕されました――母親は、二歳の娘Aちゃんを一人、十分な水分や食事を与えずに、一週間自宅に放置したまま、交際相手の男性と一緒に沖縄県へ旅行に行っていたと、捜査の調べでわかりました。調べに対し母親は、間違いありませんと、容疑を認めています――』
次のニュースへと移り変わり、僕は朝食を作ろうと再び台所へと足を向かわせた。この手のニュースを耳にするたびに、あの時とった自分の選択は間違っていたのではないかと、毎回苛まれる。それも、自分が歳を重ねていると実感してからは、日に日に敏感になっていく気がした。
ただ反応するだけで、自分は何も出来ない。中に行って話を聞く勇気も、経験を生かして論じ合う利口さも自分にはない。画面の向こうで、今日も沢山ある中の一つに過ぎない情報を読み上げるニュースキャスタ―の方が、世の中に発信するという意味で僕なんかよりも役割を全うしていると云えるだろう。
テーブルに並べた朝ご飯を前に、椅子をひいて腰をかけた。パンと味噌汁。いいかげんな組み合わせだけど、我ながら栄養のバランスは取れていると思う。開け放した掃き出し窓の薄いカーテンが、寄せては返す波みたいにして揺れているのをぼんやりと眺めながら、焼きすぎて焦げてしまったトーストをひとかじりした。
あれから十七年余りが経ち、気付いたら僕はまたこの町を訪れていた。僕と君が生まれた町。そして僕らが捨てられた町でもある。いや、僕らが捨てたとも云えるのか。今となってはどっちでもいい話だ。それだけ、果てしない時間が流れていた。
君は知らないだろう。僕らがこの町で誰にも知られずに出会っていたことも、あの小さな唯一の世界で二人が交わしていた現実も。あれは夢だったのかも、なんてたまに記憶が曖昧になることがある。それ程、君と過ごした時間が僕には特別だった。
会いに行って伺うことすら許されない僕は、ここでひたすら君を待つことを決めた。僕にはそうすることしか出来ない。例え、二度と君が僕の前に現れなかったとしても――
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