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女は夢を見た。
夢には小さな娘が出てきた。
笑顔の可愛いぷくぷくした赤ん坊だった。
歩き始めたばかりの娘が小さな両手を突き出して、よちよちと歩いてくる。
あれはどこの公園だったっけ。
とても小さな靴と帽子。
まっすぐに自分を見つめる瞳。
もうすっかり忘れたと思っていたのに。
「まーま」
初めてママと呼んでくれたのは離乳食を食べさせてる最中だった。
「まんまかな、ママかな」
とちょっと紛らわしかったのを覚えてる。
保育園へ通い始めると、娘はたくさんお土産を持って帰ってきた。
まつぼっくりのクリスマスツリー、封筒で作ったこいのぼり、似顔絵も描いてくれたっけ。
画用紙の中を埋め尽くす色とりどりの丸は花と蝶々だと、説明してくれた。
「ママキレイだから」
あの子の中の私はいつも笑顔で花に囲まれた優しい母親だったのか。
「ママ」
夢の中にも関わらず、娘の声はしっかりと耳に響いた。
あの日、かすれた小さな声で最後に呼んでいた声だ。
「ママ大好き」
部屋を出て行く女に、娘はたしかにそう呟いた。
予感は娘の方にもあったのだ。
女は泣きながら目覚めた。
心の奥底に芽生えた鋭い痛み。
凍てついた千の針に刺されるような、灼熱の炎に焼かれるような、その痛みは胸をかきむしり、頭を床に打ち付けても決して消えることはなかった。
誰にも罰してもらえない女は絶望して男を見上げた。
「死にたい」
「許さねえ」
女は声を殺して嗚咽した。
男はベランダから空を見上げた。
ちっちゃな羽を生やした天使が迎えに来るまでには、まだまだたんと時間がありそうだった。
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