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◆ 2 ◆
廊下を進んで教室に戻る間も、私はもやもやしていた。朱里のことがちょっと心配だ。あの子のことだし、だまされてる可能性もゼロではない。だって私がいなくちゃ、数学のプリント一枚も解けないし、提出物の締め切りだって忘れるし。
というかまず、恋愛感情と友情としての好きの区別がつけられているのかどうかすら怪しい。
「大体、何でバカ可愛い朱里があんなダサい男なんかと……」
苛立ちの滲む声で呟きながら、朱里が彼氏との待ち合わせ場所だと言っていた駅前のドーナツショップをスマホで検索してみる。店のサイトからメニュー表を見てみたけど、料金があまり可愛くなかった。しかも、私の今月のお小遣いはもう底を尽きかけている……。
できることなら朱里たちを尾行したかったんだけど、無理そうだ。諦めるしかないのかな。
ため息をついて画面を指でスクロールしたとき、ふと『割り引きキャンペーン中』という項目が目に入った。
「カップル割り引き?」
そこには、【毎週水曜はカップル限定割り引き!30%オフ!】というポップなフォントが踊っていた。ちょうど、今日は水曜だ。
30%オフだったらいけるかも……と思ったけど、途端に我に返って頭を振る。
いやいや、普通に無理でしょ。カップル限定の割り引きなんだから。私、彼氏いないし。彼氏のフリを頼めるような男友達もいないし……。
今回は諦めよう。
今度こそ本当にそう思って、スマホをスカートのポケットにしまう。するとポケットに差し込んだ手が、包みに触れた。朱里にあげるはずだった友チョコだ。色々悩んで買って、今日の放課後に渡そうと思っていたのに。
結局、渡せずじまい。
今日に渡せないと、「友チョコ」の意味がないし、来年また渡そう……。
教室にたどりついて、横滑りのドアを開ける。
すると、教室の後ろの席に男子が一人残っていた。それが森だということに気づいてハッとなる。
目元を覆い隠している黒い前髪越しに、目があった気がした。
その不気味さに、ドキリとして、私は彼から目を逸らす。
森はクラスでも地味で暗い感じで、全然喋らない。一軍の男子や女子たちからは「超ダサい」、「ぼっちだよね」、「まあ、普通はあんな奴と友達になろうとか思わねえだろ」とか言われて若干馬鹿にされている。
でも私は、身だしなみを整えさえすればいい線いくんじゃないかと思わなくもないけど……。
「なんか用ですか」
意外なことに、向こうから声を掛けてきた。
「え……」
「なんか、いっつも僕のこと見てますよね」
言葉に詰まった。そうなのだ。私はこいつを見ると、自分でもよくわからないのだけど、なぜか気になって目で追ってしまう。あの前髪でちゃんと前みえてんのかな、とか、某アーティストの影響受けてんのかな、とか……。本人には気づかれてないと思ってたのに。
「あのさ、このあと暇?」
思い切って尋ねると「……暇ですけど」とやや怪訝そうな返事が返ってきた。
「ドーナツって好き?」
「チョコのやつなら好きです」
「じゃあちょうどいいや。ついておいで」
「僕を誘拐する気ですか?」
「ちがうよ、遊びに行くの」
「一度も喋ったことないあなたと?」
「うるさいな。いいから来なよ」
私は奴の腕を掴むと、二人で教室を出た。
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