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ショパンの雨だれ。
ショパンが雨音にインスピレーションを得て作曲した曲。
最初は降りしきる雨音を静かに優しく奏でる譜面。
連打される変イ音に、私は先輩との出会いの気持ちを込めた。
ピアノを弾く先輩は凄くかっこよかった。
私は本当に運命の出会いを感じたんだよ。
指を優しく、優しく、動かす。
この降りしきる雨粒までに私の気持ちが伝わり、音楽室に居る先輩に届けばいいと思った。
でも、この曲は中間部で転調する。
今までの優しい雨音から暗い雲を引き連れた重い雨音になる。
それは先輩が亡くなった日の雨音。
絶え間なく続く嬰ト音。
低く重い和音の響き。
それは私の悲しみ。
泣けなかった悲しみを今、ピアノに込めた。
悲しい。
苦しい。
なんで。
どうして。
重い重低音が体育館に広がる。
このまま豪雨に沈みそうな昏い音。
しかし、苦しみの先に。重い雨の後に。
この譜面はまた最初の優しい。
慈雨を称えたものに戻る。
元の優しい雨だれの音だけを残して静かに終曲する。
幽霊になってまで私に会いにきてくれた先輩。
ちょっと自惚れていいですか。
私、先輩が大好きです。
もっとずっと一緒にいたかった。
もっとピアノを習いたかった。
あなたのお嫁さんになりたかった。
好き。
大好き。
ずっと好き。
行かないで。
ずっと側に居て。
私は気がつくと、涙が溢れていた。
私は流れる涙をそのままに最後の音を弾いた。
それは体育館に水滴を一つ垂らしたような、まるで雨音みたいな一音だった。
そして。
体育館に割れんばかりの拍手が響いた。
皆がこちらを見ていた。
私はその光景に呆然としつつ、耳元で。
『エクセレント。──どうか幸せに』
そんな優しい先輩の声を聞いた。
死んでもツンデレは治らないと思った。
雨音は私の心。
間違いなく先輩に届いた。
鳴り止まない拍手と雨音。
そして先輩の言葉を私は全身で受け止め。
ただ静かに涙を流し続けた。
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