1 出会い

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1 出会い

 女の子らしくてかわいい子って聞くと、どんな子を思い浮かべるものなんだろう。 かわいいものが好きで、甘いものが好きで、おしゃれに興味があって、恋バナで盛り上がって。それで、優しくて、守ってあげたくなるか弱い感じの子? ……わたしは、そういう子になりたかった。 ううん、『女の子らしく』なくたっていい。普通の、ごくごく普通の女の子でいい。 今の時代、『女らしい』とか『男らしい』とか、時代遅れ。それは、わかってる。かっこいい女の子がいたって、かわいい男の子がいたって全然いいと思う。 でもわたしはずっと、普通の女の子であることにアコガレを持っていた。 かわいくなって、いつか好きな男の子ができたらその人と付き合ったりしたいなって。 でも、そんなの無理だよね。 男の子よりずーっと空手も、柔道も、合気道も、力も強い女の子なんて、ぜんっぜん『普通』の女の子じゃないもん。 わたしは人より強い自分が恥ずかしい。女のくせにって、そう思われるのもすごく怖い。 だから表面だけでも、『普通』の女の子であろうって、そう思ってる。 ――男の子より、下手したら大人よりも強い自分は、みんなにはできるだけ隠しておこうって。     * 「こころ。結局、あなたが自分の何を恥ずかしいと思ってるのか、わたしにはさっぱりなのだけど」 それはある日の昼休みのこと。 ぱたん、と読んでいた本を閉じたさゆりが、いかにも面倒くさそうに顔を上げた。 「その長い愚痴は結局、あなたのお母様とそのご伴侶の、再婚お祝いのプレゼント選びに自信が持てないと、そういうことが言いたいのかしら?」 「そうです……。」 呆れたようにこちらを見てくる親友のさゆりに、わたしはがっくりとうなだれた。 ――わたしの名前はこころ。身長一四五センチ、中学一年生女子。 コンプレックスは、格闘技が得意『すぎる』こと。 幼い頃から、家庭の事情で空手柔道合気道と、多くの種類の格闘技を習ってきたわたしは、文字通り人より『強い』。同じように、力も強い。やったことはないけど、クラスで男女混合腕相撲大会をしても、わたしより強い人はいないんじゃないかと思う。 多くの時間を格闘技に費やしてきたわたしは、クラスの他の女の子に比べても女子力が低い。それは悲しいかな、とっくに自覚済みだ。 だからこそ、だ。 「お願いさゆり、力を貸して! 新しく家族になる人たちに、変なものを贈ってセンスない娘だって、初対面から思われたくないよぉ……!」  わたしは小学校からの親友・針宮寺さゆりに頭を下げている。 ……というのも、つい数週間前、わたしはお母さんから、「再婚することにしたの」という衝撃の告白を受けたのだ。  お母さんは六年前にお父さんを亡くしてから、ずっと一人でわたしを育ててきてくれたけど、実は少し前からお付き合いをしていた人がいたんだって。わたしはそのことを知らなかったけれど、わたしが中学生になったから結婚することにした、って。そういうことらしい。  そして、わたしには新しいお父さんと同い年の弟ができるんだって!  だから、再婚祝いのプレゼントを用意しようと思って、さゆりにアドバイスを求めているというわけなんだけど……。 「ふうん……。」 さゆりがやっぱり面倒くさそうに鼻で息を吐き、肩にかかったツヤのある長い髪をばさりと払った。イヤミにならないくらいの、さりげなくも上品な香りがただよう。 さゆりは、クラス一の美人で、しかもお金持ちのお嬢様。男女関係なく彼女に憧れている人がたくさんいる、正真正銘の高嶺の花だ。 どうしてこんな子がわたしの親友でいてくれてるのかはわからないけど、さゆりは無駄に強くて、しかも女子力が低いわたしを、いつも助けてくれるんだ。 ……だから今回も、わたしは例に漏れずさゆりにアドバイスを求めていた。 「そんなに気を遣う必要があるものなのかしら? 適当なものでいいじゃないの。」 「新しく家族になる人に、いきなりそんな失礼できないよっ。」  みしっ。手に持ったスチールの水筒から嫌な音がする。 「ちょっとこころ、水筒、きしんでるわよ。」 「あっ、大変。」  ああ、またやっちゃった。  買ったばかりのお気に入りの水筒だったのに、少し力を込めただけでこうだ。うう、力が強いとこれだから……。  って、そうじゃないそうじゃない。落ち込んでる場合じゃないんだってば。 「……ほら。お母さんはわたしが小さい頃にお父さんが亡くなってから、一人でわたしを育ててくれたから。だから、ちゃんと再婚をお祝いしたいの。」 別に、新しくお父さんと弟になる人に見栄を張りたいってわけじゃない。 わたしがそう言うと、さゆりははあ、と仕方なさそうに肩をすくめた。 「仕方のない子ね。そこまで言うのなら付き合ってあげなくもないわ。」 「さゆり〜!」 感極まって抱きつくと、さゆりがわたしの頭をぽむぽむ叩いた。 「別にあなたもセンスがないってわけじゃないでしょうに。それに、こーんな小さな体から、こぶしの一撃で大人の男を倒す力が出たり、片手で水筒へこませたり、りんごを潰せたりするなんて誰も思いやしないわ。縮こまらなくても、力が強いことなんてバレないわよ……それに、『強い』ことは別に、恥ずかしいことなんかじゃないでしょうに。」  いつも、何をそんなにオドオドしてるのかしらね。  そう言うさゆりに、わたしは苦笑いをこぼす。 たしかにわたしは中学一年生にしてはちょっと小柄なほうだ。けど、さゆりに教えてもらった服の着こなしでわかりにくくしてても、空手で鍛えた身体は他の子よりもかなりがっしりしてる。 それに昔は、強いことも、コンプレックスだなんて思ったこと、なかったのにな。どうしてこうなっちゃったんだろう。 ……なーんて、すぐ暗い考えになるの、よくないよね。 わたしはうしろむきな思考を振り払い、にこっと笑顔を作る。 「ねっさゆり、今度の日曜日、空いてる? 駅前のショッピングモール、一緒に行ってくれない?」 「はいはい、日曜日ね。まっ、プレゼント選びに付き合うことなんてどうということはないし、こころが女の子らしくしたいって言うならわたしは止めやしないわよ。人より強いのを気にするのも個人の自由だものね。」 そう言って、さゆりは肩をすくめる。 けれどわたしがほっとした瞬間、彼女は少しきつい目付きでこっちを見た。 「……ただ、あなたが『あの時』のことを気にして、女の子なのに格闘技が強い、ってことをコンプレックスに感じているのなら、話は別よ。」 「……えっと、」 「あんなの、気にする必要なんてないんだから。あなたのことを何も知らない愚か者の言うことなんて、間に受けるほうが馬鹿よ。」 怒ったような表情で、ちょっときつい言い方ではあったけれど、さゆりの声はわたしを心配してくれている時のものだった。 うん、とうなずいた。やっぱりさゆりは、ぶっきらぼうでも、最高の親友だ。 「大丈夫だよ、さゆり。……じゃあ、今度の日曜日、よろしくね!」 「ええ。」 さゆりがうなずいたその時、軽やかにチャイムが鳴った。午後の授業開始五分前の予鈴だ。 ……よし、これでお母さんたちへのプレゼントも大丈夫た。 この調子で今日の午後もがんばろうっと。
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