2 名探偵

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  * 「あ、あの、誠一お義父さん。ちょっと、聞きたいことがあるんですけど……。」 その夜。 わたしは、スバルくんがお風呂に入る時間を見計らって、誠一お義父さんに声をかけた。 誠一お義父さんはいそがしい人だから、なかなかお話する時間がとれない。 でも、めずらしく今日は早く帰ってきていたので、わたしは意を決してスバルくんについて聞いてみることにした。 誠一お義父さんはわたしを見ると、「なんでも聞くといい。」と鷹揚にうなずいた。 「それから、敬語はいらないよこころ。楽に話しなさい。」 「あ、ありがとう、お義父さん。……えっと、スバルくんのことなんだけど。」 「スバルの?」  誠一お義父さんは片眉を上げて、けげんそうな顔になる。 「……あいつに何か言われたか? それなら、」 「い、いやいや!」 一瞬、階段のときのことが頭に浮かんだけれど、あわてて首を振った。 「そうじゃないの。えっと、本人に聞きにくいこと、っていうか……。」 「そうか、スバルに何か言われたのじゃなければよかったよ。スバルは少し無愛想というか、あまり人になつかないところがあるから。……それで、スバルに聞きにくいこと、ということはスバル当人に関わることのようだ。となると、」  ――スバルの過去についてかな。  そう言われて、わたしは目を見開いた。 「どうして、わかったの……?」 「何、簡単なことだ。少し前に、こころとスバルが巻き込まれた強盗事件があったろう。そのとき、スバルが数年ぶりに犯人逮捕に貢献したと、部下から聞いていてね。」 「え!」  驚いた。 誠一お義父さんは、強盗事件の場にスバルくんが居合わせたことを知っていたのか。  でもよく考えてみたら、おかしなことじゃない。なんてったって、誠一お義父さんは警察官僚。情報源はいくらでもあるだろう。 「スバルは昔のこともあって、警察とあまり関わりたがらないから、事情聴取に応じなかったようだが……。これでも私はスバルの父親だ。情報は入ってくる。だから、あの場にこころがいたのなら、スバルの過去が気になるかと思ってね。」 「そうだったんだ……。」  やっぱり、スバルくんのお父さんだな。全て言わずとも、理解してくれる。  そして気になるのは、『数年ぶりに犯人逮捕に貢献した』『昔のこともあって、警察とあまり関わりたがらない』という言葉だけど――。 「スバルくん、やっぱり、探偵やってたんだ……」 「その口調だと、知っていたようだな。」 「うん。親友のお父さん……針宮寺家のご当主さまが、スバルくんのことを覚えていて。」 「なるほど。……そういえば、小百合嬢とこころは仲がいいのだったか。」  うなずく。どうやら、誠一お義父さんはさゆりのことも知っているらしい。 「警察にも協力してた、凄腕の名探偵だったって……。」 「たしかに、そういうこともしていたな。」 「……それなのに、突然、探偵をやめちゃったんだ……。」  わたしは、誠一お義父さんの顔を見る。誠一お義父さんは少しだけ困ったような表情で、眉尻を下げていた。 ややあってから、ひとつ息をついて……彼は口を開いた。 「スバルは、昔、ヒーローにあこがれていてね。」 「えっ。ヒーロー、ですか?」  わたしといっしょだ。わたしも昔は、ヒーローみたいな警察官になりたかったから。  ……でも、スバルくんも、というのはちょっと意外かもしれない。あのクールで物静かなスバルくんが、ヒーローにあこがれてた、なんて。 「ああ。昔から頭がよく切れたせいか、周りになじめなくて暗い顔をしていることが多かったんだが……。ある時から、目を輝かせて、自分にしかない力で人を助けたい、なんて言い始めてな。」 「自分にしか、ない力で……。」 「そう。それで、スバルは探偵を始めたんだ。推理力には自信を持っていたようだったから、それを活かして人助けをしよう、とな。だが、数年前――」 「何の話? 父さん。」  不意に、スバルくんの声がした。  ぱっと振り返ると、眉根を寄せたスバルくんが、いつの間にかリビングの入り口に立っていた。……どうやら、もう、お風呂から上がってきたらしい。  彼はハア、とため息をつく。 「昔のことはもう話題に出さないでほしいって、前から言ってあるだろ。」 「あ、あの、スバルくん……これは、わたしがっ。」 「……君も、」  スバルくんが、また、あのいらだったような目でわたしを見る。意図せず、身体がこわばった。 「人のこと気にするより先に、自分が堂々とできるようにすべきじゃないか? 昔の君は、もっと――」  そこまで言って、スバルくんは口をつぐんだ。  都合の悪いことを言ってしまいそうになって、あわてて、という感じに。 ……昔の、わたし?  どうしてわたしの、昔の話が出てくるんだろう。 けれど、わたしがそれを聞く前に――彼は「おやすみ」とだけ言うと、さっさとその場をあとにしてしまった。 とがめるように誠一お義父さんが声をかけたけれど、彼が振り返ることはなかった。
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