3 不和

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しかし、スバルくんは何を言われたのかわからない、といった様子で、眉を寄せた。 「別に、大したことはしてないだろ。 たまたま、飯田さんが佐々木のブレザーを背もたれに戻したところを見て、それを口にしただけ。」  その言葉に、教室中が、しん、と静まり返る。  ……スバルくんがそれを、本気で言っていることを理解したからだ。  だから、みんな呆然として、何も言えないでいるんだ。 「……なるほど、お父様がほめたたえるはずだわ。」  さゆりが、さも呆れたとばかりに、肩をすくめて言った。  ……そっか。なんでだろうと思ってたけど、ようやくわかった。どうして、『探偵』のことに触れられたくないはずの彼が、ためらわずに推理を進めたのか――。 きっとスバルくんにとって、これは、推理ですらなかったんだ。 当たり前のことを、当たり前に指摘しただけで。 ――まさしく、名探偵。 どうしてこんなすごいのに、探偵をやめてしまったんだろう。 「やっぱり、スバルくんって、名探偵なんだ!」 突如、響いた声に、わたしはぎょっとして、声がした方向を振り返る。 声の主はクラスメイトの真野さんだった。キラキラした目でスバルくんを見つめている。 なんで? 真野さんは、どうしてそれを……? さゆりもけげんそうに眉を寄せている。わたしも彼女も、スバルくんの過去について、誰かに話したりしてないはずなのに。  スバルくんが眉を寄せて、「……『やっぱり』って、どういう意味?」と聞くと、真野さんはちらっとわたしたちを見た。 「時浦さんが話してるの聞いちゃって。スバルくんて昔、すごい探偵やってたんでしょ⁉」 「え……。」 さゆりと話してたこと、聞かれてたんだ! さっとわたしが顔を青くする横で、さゆりが低い声で「つまり、盗み聞きね。」と言う。 「それをあけっぴろげにするなんて、いい趣味してるわ。」 「えー? だって、義理の姉だからって、スバルくんの情報を独占ってズルいじゃん。あたしたちだって、スバルくんのこと知りたいし!」 「情報の独占って……。」 そんな言い方、よくないんじゃ……。 そう思ったけど、わたしは言えなかった。……だって、スバルくんの過去のこと、勝手に知っちゃって、スバルくん本人にすらそれを話していなかったのは本当のことだから。 わたしが黙り込んでうつむくと、さゆりに「ちょっと、こころ」とつつかれる。たぶん、言い返さないの、と言いたいんだろう。でも……。 「えー、まじかよ時浦、スゲーな!」 「スバルならありえるって思っちゃうよなー。」 「ねぇねぇスバルくん、また謎解きとかしてみてよ!」 「そうだ、みんな気になってる学園の謎とか解いてもらおうよ!ほら、『桜傑学園の隠し財産』の真偽とか!」 「ちょっと、あなたたち……!」 スバルくん本人の反応なんて見ずに、騒ぎ立てるクラスメイトたち。 さゆりが顔をしかめて、口を開いたその時だった。 「――オレは別に、探偵なんかじゃないから。」 静かだけど、ぴしゃりとした声が、教室の空気を支配した。 ざわめきが、一瞬で水を打ったようにシンとする。 「その話はもうしないでもらえる?」 ……その、スバルくんの物言いは、クールというよりはひややかで。 多少無愛想でも、普段は基本的に親切なスバルくんの冷たい声に、みんな、硬直してる。 スバルくんはそんなクラスメイトたちなんてまるで目に入っていない、というように、ひややかな表情のまま席についた。 ――そして、そのまま誰も何も言えないまま、昼休み終了を告げる鐘が鳴った。 気まずい空気の中、ちらりとスバルくんのほうをうかがうと――なぜだか、彼の横顔が、少しさびしそうに見えて。  わたしはぎゅ、とこぶしを握りしめた。
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