3 不和

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  *  そして、放課後になって。  わたしは、帰ろうとろうかに出たスバルくんを、意を決して呼び止めた。 「す、スバルくん。ちょっと、いいかな……!」 「……いいけど。なに?」  振り返ったスバルくんはひょうひょうとした表情で、まるで何事もなかったかのようだ。  わたしはごくりとつばを飲み込むと、おそるおそる、「昼休みのことなんだけど……。」と口を開いた。 「ごめんね。わたしもさゆりも、聞かれてるなんて思わなくて。ウワサを流したりもしてないんだけど、でも、スバルくんの過去、勝手に掘り返しちゃったのは事実だから……。」 「……。」 「でも、どうしてそんなに『探偵だった』ってことを嫌がるの? 今日のこともそうだけど、強盗事件のこともなかったことにして、って言ったり……。」  スバルくんは黙ったまま、何も言わない。 「スバルくんの推理力は、人を助けられる力だよね。それって、すごい力だと思う。だから、どうして悪い人を捕まえられるような力を、かたくなに隠そうとするの……?」 誇っていくべき才能じゃないか。 あの時だって、今日だって、スバルくんは人を助けた。その頭脳で。 それを、どうして……。 「――君には言われたくない。」  明確にいらだちを含む声が、ひややかに響いた。  ……ううん、いらだちだけじゃない。何かを悲しんでいるような、何かをこらえるような、そんな声だった。 「どういう意味……?」 「そのままの意味だよ。そっちだってずっと、隠してるだろ。『自分の力』も、『本当の自分』も。」  ヒュ、と――のどの奥でかわいた音がした。  くちびるが震え、心臓がバクバクと、大きく音を立て始める。 「周りの目をうかがって、いつもちぢこまって、自信なさげで。……どうしてそういうふうにしてるんだよ?」  急いで、目を逸らした。スバルくんの目がまともに見られない。 「オレは、昔の君を知ってるんだ。君は……昔はもっと、強くて堂々として、かっこよかった。それが、こんな……。」  ハァ、とスバルくんがため息をつく。わたしはぎゅっとこぶしを握り込む。  ……どうして。 どうして、彼が昔のわたしを知ってるの? 「オドオドして、弱気で……。本当の自分をかくしていたあげく、見失って、足踏みしてるのはそっちの方だろ。」 「……やめてよ、」  わたしの、小さなつぶやきに、スバルくんが軽く目を見開いた。  でも、今のわたしには、それに構っている余裕はない。 「本当の自分、ってなに? かくして、見失う、ってなに? 本当の時浦こころはもっと強くて、堂々としてるはず? ……そんなの、もう無理だよ!」 だって、あの日からずっと、わたしはわたしを嫌いになってしまった。自分の力と……お父さんがほめてくれた才能と、向き合えなくなってしまった。 ――今でも、忘れられない。三年前、わたしが小学校四年生の時のこと。 わたしは下校途中に、クラスメイトの三人の男子が高校生らしき人たちに絡まれているのを見かけた。ふざけて遊んでいたら近くにあったバイクを倒して、ちょっとした傷をつけた。それで、高校生たちを怒らせてしまったらしい。 ごめんなさいと必死に謝るクラスメイトたちにも、高校生たちは容赦なかった。ニヤニヤしながら「ごめんなさいで済むと思うな」って、なぐろうとしたんだ。 ……このままじゃクラスメイトがけがをする。そう思って、わたしは、高校生たちをのしてしまった。三人を助けるために。 でも、彼らは三人を倒したわたしを見て言ったのだ。 『女のくせに、キモチワリー。』 『なに、かっこつけちゃってんだよ。助けてくれなんて頼んでねーよ。きもっ。』 『やめろって。そんなこと言ったら、今度はオレたちがぶっとばされちゃうぜー?』 ……ショックだった。 男なのに女の子に助けられたという悔しさからか、それともただ恐怖をまぎらわすためのおふざけだったのか。 なんであれ、わたしはこの時から、自分の『力』も、『強さ』も嫌いになった。悔しくて悲しくて、でも、自分の力が誰かを怖がらせてしまうというのが、一番つらくて。 ……だからもう、わたしは二度と、『強く』ならない。そう決めたんだ。 「わたしのこと、何も知らないのに。適当なこと言わないで……!」  わたしの力は、スバルくんとはちがう。  スバルくんの推理みたいに、人を助けたりできない。  だってわたしは、ただ力が強いだけだから。 「……何も知らないのに、適当なこと言ってるのは、そっちだってそうだろ。」  スバルくんが、絞り出すような声で、言った。  苦しそうなその声に、わたしは思わず顔を上げる。  ……彼は声から受ける印象そのままに、苦しそうな表情をしていた。 「探偵、だなんてバカバカしい。人を助けられる力だなんて、幻想だ。オレの推理はそんなにいいものじゃない。」  そして、彼はきっ、とこちらをにらんで――吐き捨てた。 「姉面しないで、迷惑だから。」  その、しぼりだしたような苦しそうな声に、ぎゅっと心臓がひきしぼられる。  わたしが言い返せずにそのまま呆然としていると、スバルくんはわたしを残して、さっさと自分の部屋を出ていってしまった。
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