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「――さゆり、ありがとう! おかげでいいプレゼントが見つかったよ」
「まあ、このわたしの助言があったのだから、当然ね」
日曜日。
駅前の、ちょっと高級なショッピングモール。
お会計を済ませたわたしが言うと、さゆりが口の端を吊り上げて笑った。
プレゼントは、さゆりが選ぶのを手伝ってくれたこともあって、いいものが買えた。高級めのショッピングモールだから、プレゼントも少し値は張ったけど。
それでも、新しい家族に喜んでもらえるのなら安いものだ。
「ね、せっかくだし、洋服とかも見に行こうよ! さゆりが見たいお店があったらつきあうから!」
「そ、ありがとう……あら? この店、日本にも進出していたのね。知らなかったわ。」
ふと足を止めたさゆりが、とあるお店の前で足を止める。
ぱっと店名を見ると、アルファベットで書かれたおしゃれなロゴ。ショーケースの中に陳列された商品を見ると……わっ、宝石だ。
すごい、照明を受けて大きなジュエリーがきらきら光ってる!
「海外のジュエリーショップよ。この前パリに行った時に入った店なのだけど、日本にも支店があったなんて知らなかったわ。ちょっと見ていってもいいかしら?」
「も、もちろんいいよっ。」
……ちょっとだけ、答えるのにためらってしまった。
だって、さゆりはともかく、わたしみたいな庶民は、こんな高級そうなものばっかりがあるお店に入るのは緊張する。
うっかりぶつかって、ショーケースを割って壊しちゃって、中の商品を傷つけたらどうしよう。わたしならありえなくもない……。弁償なんてとてもできないし、キンチョーするよ……。
「何を緊張しているの、こころ。まっ、だいたい考えていることは想像つくけれど。大丈夫よ、ショーケースは強化ガラスだからぶつかったって壊れやしないわ。」
「そ、そうなんだ……。」
強化ガラスは、まあ、さすがにわたしの拳でも割れないよね。なら安心かなあ。
とはいっても、お店のきらきらしい雰囲気にあてられて、とても店内をうろうろすることはできそうにないや。
わたしは大人しく、お店のはじっこで、楽しそうに商品を検分するさゆりを見ていることにした。
対して、さゆりは臆さずに店員さんにあれこれと質問している。
このルビーの産地はどこだとか、ダイヤの細工のこだわりはなんだとか。まだ若い女性の店員さんは慣れていないのか、堂々としたさゆりの細かな質問にたじたじだ。
それにしてもやっぱり、こんなお店に来るような人って、お金持ちが多いのかな。
どんな人がお客さんなんだろう……と辺りを見回そうとしたその時だった。
パァン! と。
かわいた破裂音が炸裂した。
「な、なにっ?」
一瞬のうちに店内が騒然とする。けれど呆気にとられる暇もなく、どこからともなく現れた覆面の男たちがお店の中になだれ込んできた。
ジュエリーショップに視線が集まる。フロア全体が起きた異変に気ついたようだった。
「動くな! 命が惜しければ大人しくしていろっ!」
覆面の男たちを見ると、彼らの手には拳銃。
……ということは、まさかさっきの音って、発砲音?
「嘘でしょ……。」
どく、どく、どく、どく。心臓の音がどんどん速くなっていく。
まさか――わたしたち、宝石強盗の現場に居合わせちゃったの?
「そうだ、さゆり!」
店内はそこまで広くないけど、さゆりとわたしは別の場所にいる。さゆりはどうしてる?
にわかに焦り始めたところで、甲高い女の子の声が耳に届いた。
「何よあなたたち、離しなさい!」
「大人しくしろって言ってんだろうが、このクソガキ!」
こ、この声、さゆりの声だ! わたしははじかれるように前に出る。
「さゆり!」
「こころ、来てはだめっ!」
さゆりの声が響いたその瞬間、ヂュン! と嫌な音がして、わたしの足元に弾丸が突き刺さった。
わたしは一瞬にして蒼白になる。……この拳銃、ホンモノだ!
「動くなっつってんだろうが!」
こちらに拳銃を向けた男は、腕にさゆりを捕えていた。そして、すぐにこちらに向けていたその口を、さゆりのこめかみに当てる。
さゆりは気丈に自分を捕まえている男をにらみつけているが、その顔色は真っ青だ。
「おいっ何してる、早くここに宝石をつめろ! いいか、高価なものから順にだ!」
「は、はいっ!」
銃口を向けられた若いあの女性店員さんが、言われるがままにショーケースを開け、差し出されたバッグに宝石を詰めていく。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
わたしの頭の中で、ぐるぐるといろいろな考えがうずまく。
怖い。拳銃なんて、はじめて見た。こんなことに巻き込まれるなんて。
それに、もしもさゆりが撃たれてしまったら? あんなふうにつかまっていたなら、何が起こるかわからない。
このまま放っておいていいの? 何もできないまま、見てるだけでいいの?
「お父さん、なら……」
自分でつぶやいて、はっとする。
……そうだ。お父さんならきっと、どうにかしようとしただろう。
わたしが七歳の時に亡くなった実のお父さんは、警察官だった。
厳しかったけど優しくて、正義感が強くて、まっすぐで。
子どものころのわたしは、お父さんみたいなかっこいい警察官になりたくて、つらい格闘技の鍛錬もがんばっていた。さいわい才能はあったみたいで、ぐんぐん上達して、強くなって……。
そのときは、わたしも、自分が強いってことにほこりを持ってた。わたしは強いヒーローだから、みんなを守るんだって本気で思ってた。
実際に、六歳か七歳かのときに、小学校高学年の男子たちにいじめられていた、同じ年男の子を助けたこともある。その子は、目をキラキラさせて、『きみはぼくのヒーローだ』って言ってくれて――うれしかったなあ。
……でも、結局わたしは『あのとき』から、格闘技に真剣に向き合うのをやめてしまった。ううん、それだけじゃない。自分のかつての夢にすら――警察官になるっている夢にすら、向き合えなくなった。
こんな力、ほしくなかったって。強くなんてならなければよかった、って。
――でも。それでも、今だけは。
「こころ、危険よ! 変なことを考えるのはやめなさい!」
「うるせえっ!」
「きゃあっ⁉」
わたしに向かってさけんださゆりが、銃の持ち手で殴られてぐったりする。意識はまだあるみたいだが、眉をしかめてうめいている。
「さゆり……!」
助けなきゃ。……さゆりを、助けなきゃ!
震える足を叱咤しつつ、わたしは視線をさっと辺りに走らせる。
覆面の男たちは全員で三人。一人はさゆりを人質に取り、一人は他のお客さんたちを警戒し、残りの一人は店員さんの後頭部に拳銃を突きつけ、宝石をつめる作業をさせている。
作業をさせている人は多分、こっちを警戒してない。お客さんたちに順番に銃口を向けている人も。
お客さんを警戒してる人、この人のスキをついて拳銃を奪うことさえできれば、もしかしたら……。
わたしは、ぐ、と足に力を入れた。
「今だッ!!」
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