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「なっ⁉」
地面を蹴って飛び出したわたしに気づいたのか、お客さんを警戒していた強盗犯の一人が顔をひきつらせた。
そして、手に持った拳銃をこちらに向かって構えようとする。でも、わたしの方が早い。
――撃たれるより先に、拳銃を奪う!
「ハッ!」
地を蹴り、お客さんを警戒していた覆面の男に迫る。
目出し帽の下で目を見開く男のふところに入ると、銃身をつかんで腕をねじり上げ、拳銃を奪い取って、おなかを蹴って気絶させる。
くずおれる男を横目に、わたしは、明らかにうろたえた残りの二人を見すえた。
彼らも銃を持っているけど、衝撃のあまり武器をこちらに向ける余裕がないようだ。
……よし。
このまま二人とも制圧する――、
『女のくせに、キモチワリー。』
しかし、そう考え、構え直したその瞬間。
不意に頭の中によみがえった声に、わたしは硬直した。
『なに、かっこつけちゃってんだよ。助けてくれなんて頼んでねーよ。きもっ!』
『やめろって。そんなこと言ったら、今度はオレたちがぶっとばされちゃうぜー?』
一回思い出せば、もう止まらなかった。幻聴だとわかっていても、身体が動かなくなる。
はっ、はっ、はっ。
……だめ、ちゃんと、息をしないと。目の前の状況を目で見て、耳でよく聞かないと。
助けなきゃ。わたし、今までたくさんさゆりに助けられてきたじゃない。
わたしが、わたしが、さゆりを――。
「――危ないっ!」
刹那、さけび声。
そして、銃声。
えっ、と思ったその瞬間には、わたしは誰かに抱き込まれて地面を横に転がっていた。
「いった……!」
ころんだ痛みに、うめく。
どうして、銃声が? 残りの二人は、わたしを撃とうとするそぶりはなかったのに。
……もしかして、強盗犯は、もう一人……、
四人目がいたってこと?
「何やってるんだよ、飛び出して、あんなところで立ち止まって……!」
耳のすぐ横で、男の子の声がした。
強盗犯に聞かれないようにするためか、それは小さくしぼった声だった。でも、怒っていることがよくわかる。……声の感じからして、同じ年くらいかな。
もしかして、助けてくれたのは、この男の子?
わたしはさっと蒼白になる。……わたしのせいで、わたしがためらったせいで、この男の子も危険な目に遭わせてしまった。
「ご、ごめんなさ、」
言いながら、横目でそっとその顔をうかがって――わたしは思わず絶句する。
すっと通った鼻筋に、切れ長の大きな目。薄い唇。
あまりに整った顔立ちに、わたしは息を呑んで固まる。
「やりやがったなぁ、クソガキ……。」
けれど、もちろん、のんびり男の子にみとれているヒマはない。
うしろから聞こえてきた男のだみ声に、意図せず肩が跳ねる。
「動くなっつったのが聞こえなかったのかァ? 耳ついてんのかお嬢ちゃん?」
おそるおそる振り返ると、黒光りする銃口がすぐ目の前にあった。
やっぱり、四人目の強盗犯がいたんだ。緊張して視野がせまくなって、気づけなかった。
目を見開いて、ごくり、とつばを飲み込む。
……どうしよう。こんな至近距離から撃たれたら、避けられない。
いや、それだけならまだいい。わたしのせいで、わたしを助けてくれたこの男の子まで撃たれてしまったら……!
蒼白になるわたしを見下ろし、男がせせら笑う。
「そんなに死にたいならお望み通りにしてやるよ。動かれると目障りだしな。」
その指が、銃の引き金にかかるのを見て、わたしはぎゅっと目をつむった。
撃たれる……!
「――それじゃ、強盗罪が強盗殺人罪に変わるね?」
冷ややかな声が、ジュエリーショップ全体によく通った。
いきなりのことに驚いて、わたしは再び男の子の顔を見る。
見たところ、やっぱり、わたしと同じ年くらいだろう。でも、漂わせているオーラはひどく大人びていて、そして同時に――圧倒されるほどひややかだ。
……けれど、わたしの背を支える手は、わずかに震えていて。
彼もけっして余裕なわけじゃなくて、わたしを助けるために口を挟んでくれたのだとわかった。
「なんだと?」
「強盗殺人の罪は重い。刑法犯の中でもトップクラスに重大な犯罪だ。刑法二四〇条でも定められてる。課せられる刑は、死刑か無期懲役……無抵抗の子ども二人を撃ったらどうなるのか、足りない頭でもう一度考えてみたら?」
「てめえ……。」
強盗犯の声が低く沈んだ。拳銃を持っている手に力が入り、拳銃がみしりという音を立てる。
男の子は固い表情で、強盗犯をにらんでいる。
「このクソガキが。立場わかってんのか?」
「……わかってるよ。本当は、オレ自身は口を出すつもりはなかったんだ。でも、」
苦々しげにこぼされた言葉に、え、とわたしは目を丸くする。
今の、どういう意味だろう。口を出すつもりはなかった……?
「あ? 意味がわからねえな。実際、口を出してきてるじゃねぇか。……それによぉ……そもそも強盗罪も強盗殺人罪も、捕まりさえしなければ関係ないんだよっ!」
わたしを狙っていた銃口が横にずらされ、男の子の額に向けられる。
それを見て、わたしは短く息を呑んだ。
「捕まりさえしなければ、だろ。」
けれど。……わたしの焦りとは裏腹に、男の子の笑みは崩れない。
「何……?」
「すぐそこまで警察が来てるっていうのに、余裕だね」
「ふざけるな、俺も影に潜んで見ていたが、ジュエリーショップの客は警察に話なんてしてねぇ。いやできるわけがねぇ。他のモールの客が事態に気づいて通報してたにしても、警察がすぐそこまで来てるなんてありえねぇな!」
「そう思う?」
男の子が首を傾ける。「……なら自分の目で確かめてみればいい。」
「なにっ?」
男が眉をしかめ、それから、「いや、待てよ?」とつぶやく。
「お前、その顔。どこかで――」
「――警察だ! 全員動くな‼」
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