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「それだけじゃないよ。」
思わずわたしが口をはさむと、男の子はそう言って首を振った。
「怪しいって最初に思ったのは、あのお嬢様っぽい子が女の店員に質問してた時だ。」
さゆりが質問してた時?
たしか、さゆりに質問されてた若い店員さんが、あまり答えられてなくてたじたじだったんだよね。
でも、それがどうしたんっていうんだろう。
「オレも店内にいたから会話の内容、聞こえてたんだけど。あれは、別に細かい質問でもないし、店員なら当たり前に答えられる内容だ。」
「そ、そうなの?」
「まあ他の店なら、新人だからわからないっていうこともなくはなさそうだけど。……でもあのショップは、海外の本店でもサービスと細やかな対応が評価されてるんだ。そういう店の店員が、宝石の知識やカットのこだわりとかの質問で答えられないなんて変だろ」
それは……たしかに不自然かもしれない。
細やかな対応が売りのお店で、質問にろくに答えられない店員さんが裏方ですらない場所に配置されるなんておかしいよね。
「それにあの店員、強盗犯に高いものから順にバッグに詰めろって言われて、値札も見ないで迷わず宝石をバッグに放り込んでた。質問には答えられないのに高価な宝石は把握してるなんて、不自然以外の何物でもない。」
「そ、そっか! 共犯者だから、逃げるまでの時間を短くしても、なるべく高いものを盗めるように、高い宝石は記憶してたんだ……!」
わたしが言うと、刑事さんが「なるほどな。」と言ってため息をついた。
「と、なると……その店員が共犯者ってことか。」
「そうでしょうね。今頃どさくさに紛れて宝石を回収して、逃げる算段をつけてるところじゃないですか?」
「そうだな。よし、その店員を探し出せ!」
刑事さんはそう言うなり、近くにいた部下らしき人たちに指示を飛ばす。
他の刑事さんたちが走っていく姿を見ながら、わたしはスバルくんを見た。
すごいなあ……。
わたしなんて、せっかく力があっても、何もできなかったのに。
あんなにすらすら推理を話して、犯人がもう一人いることを指摘するなんて。
まるで、小説の中に出てくる名探偵だ。とても同い年くらいの男の子とは思えない。
わたしがそんなことを考えていると、刑事さんが笑顔で「助かったよ、スバル」と彼に声をかけた。
「さすがだな。なあ、スバル、またお前は……。」
「……いえ。たまたまその場に居合わせたから、言うべきことは言おうと思っただけなので。本当は、田中さんたちを呼ぶだけのつもりでした」
しかし、スバルくんは淡々とそう言うと、一瞬、こちらを見た。
その、ちらと見えた表情は、少し、つらそうなもので。
そのことに、えっ、と思う暇もなく――彼はふい、と顔をそむけて……何かを小さく、つぶやいた。
「――もう二度と、探偵に戻るなんてごめんだ。」
探偵に、戻る?
聞こえてきた言葉に目を丸くする。……いったい、なんのことだろう。
わたしは眉をひそめるけれど、田中さんは、少し残念そうな顔で「そうか」と言う。
「わかった。……だが、今日はありがとう。」
「はい。」
スバルくんがうなずいたのを見た田中さんは身をひるがえして去っていく。
今のって、どういう意味だったんだろう……。
「ねえ。」
「わっ⁉」
言葉の意味をもんもんと考えていると、突然そのスバルくんから声をかけられ、思わずその場を飛びのく。
ロコツに距離をとってしまったからか、彼はけげんそうに眉を寄せた。
「……何、その反応。」
「ご、ごめんなさい! び、びっくりしちゃって、その……。」
しどろもどろになりながらなんとか答えるけど、挙動不審さはぬぐえてないだろう。
ひいい、どうしよう。恥ずかしい。
「まあ、いいけど。どうしてあんな無茶を? 自分が撃たれるかもしれないのに。」
「そ、それは……。」
あせりのせいで赤くなった顔を隠しながら、わたしはちらっとスバルくんを見た。
人形のように整った顔が、こちらをじっと見ている。
濡れ羽色の前髪からのぞく目は、とても真剣で――わたしは、緊張しながらも、答えた。
「さゆりを、親友を、助けたくて……。だから危ないとはわかってたけど、どうしてもじっとしていられなくて。」
結局、何もできなくて、スバルくんに助けてもらっちゃったけど。その気持ちは本当だ。
それを聞いて、スバルくんは「そう」とつぶやいた。
……なんだかその目が、一瞬さびしげに見えて、わたしはあわてて頭を下げる。
「あの、無茶して、迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがとうございました」
「別に、大したことはしてないから。」
スバルくんは首を振る。そして、ぽつりと付け加えた。
「……君が無事でよかった。」
その言葉に、わたしはぱっと顔を上げる。
けれど、彼はそれ以上何も言うことなく、その場を去っていった。
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