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「はじめまして。」
キャーッ‼
女子たちの声にならない叫びが教室中にこだまする。
いや、「キャーッ」というより「ギャーッ!」という感じかもしれない。
うんうん、とわたしも声に出さないでうなずく。仕方ないよね。驚く気持ちにもなるよ……だって、まるで芸能人みたいにかっこいいもんね。
クラス中の女子の視線が、黒板の前に立っている男子にくぎ付けになっている。
そしてその黒板の前に静かに立っているのは、もちろん。
「時浦昴です。今日からよろしく」
つい先日からわたしの義理の弟となった、スバルくんだった。
*
スバルくんがうちのクラスに転入するのは、四人で暮らし始めた翌日から、ということになっていた。
四人そろって新しい家に移ることになってここ最近はずっとバタバタしてたけど、ようやく落ち着けたから、スバルくんはようやくうちの学校に転入してこれたのだ。
そして、今日が初登校日。
スバルくんはうちのクラスの生徒ということになった。
「それにしても、ずいぶんな人気ね。」
「うん、スバルくんかっこいいもんねぇ。」
昼休み。さゆりが、男子女子を問わない人の輪の中で楽しげに話をしているスバルくんを見てつぶやく。
スバルくんは当然ながら、その日のうちに……いや、朝のSHRが終わる頃にはみんなに囲まれて、大人気になっていた。
「すごいよね。あっという間にファンができちゃったみたい。」
彼のことだからさもありなんだけど、実際に人気っぷりを目にすると、びっくりする。
……たぶん、もうわたしと彼が義理の姉弟だってことも広まっているんだろうな。
実際に、クラスメイトの何人かが、わたしの苗字がいつの間にか『時浦』に変わってることに気付いて、いろいろ話を聞いてきたし。
「たしかに、人気なのもわからなくもないわね。」
人だかりの中心にいるスバルくんを眺めていたさゆりが感心したように言う。
それを聞いて、わたしは思わず目を丸くした。
「め、珍しい……さゆりが人を褒めてる……。」
「あらこころ、それ、どういう意味かしら?」
片目を閉じて、さゆりがこちらをじとっとした視線を送ってくる。
だ、だって……。さゆり自身がカンペキお嬢様だから、厳しいじゃないか。人の評価。
「……ま、いいわ。でも、本当になかなかどうして悪くないじゃない? あなたの義弟。顔も整っているし、頭の出来もかなりいいみたいだしね。」
「うん、ほんとすごかったんだから!」
「はいはい、名探偵みたいだったんでしょう。何度も聞いたわよ。」
さゆりが呆れたようにため息をつく。
そして「まあ、だから……。」と言って、肩をすくめた。
「彼ならあなたの弟として認めてあげてもいいわね。こころの命の恩人であることを抜きにしても、なかなかの男のようだし。」
「もーさゆり、またそうやってすごい上から目線で……、」
「あら、いいでしょう別に。わたしは実質、こころの保護者のようなものなのだし。」
「初耳だけど⁉」
うう、でも、いつもお世話になってる手前否定しにくい……。
わたしがうなっていると、さゆりが手に持った扇子を閉じる。ぱちんといい音がした。
「よくて? こころ。あなたはわたしが認めた、すごい子なのよ。あなたが自分をどう思ってようが、それは変わらないわ。時浦さんは素敵な殿方のように思えるけれど、何かあったらわたしにすぐ相談なさい。」
「……うん、さゆり。ありがと!」
わたしは笑顔でお礼を言う。
……スバルくんに負けないくらい、さゆりもかっこいいよね。さゆりはいつもわたしのことを助けてくれるし、守ってくれる。
――あのときだって、わたしが自分の『強さ』を恥じるようになった時も、あなたはすごい子なのよって慰めてくれた。
だから、また何かあったら、今度こそわたしがさゆりを助けるんだ。
「それにしても、どうして強盗事件のことを語りたがらないのかしらね?」
「そうなんだよね……。」
けげんそうに首をかしげるさゆりに、わたしも同意するようにうなずく。
どうして隠したいんだろう。『探偵に戻るのはごめんだ』っていうあの時の発言が何か関係しているんだろうか。
「その言葉の感じからすると、彼はもともと探偵だったということなのかしら?」
「そう聞こえるよね。面と向かっては聞けないんだけど……。」
スバルくんとは姉弟とはいえ、出会ったばかりだ。踏み込んだことはなかなか聞けない。
「彼が優秀な探偵なら、相談したいこともあるのだけれどね。」
「ああ、『桜傑学園の隠し財産』のこと?」
ええ、とさゆりがうなずく。
桜傑学園、というのは、わたしたちが通う学校の名前だ。
そして、『隠し財産』とは、その学園に隠されているというウワサの財宝のこと。このウワサ、生徒間で流れている七不思議とかじゃなくて、学園の創始者一族の人も気にしているものなんだって。
さゆりのお父さん――針宮寺家当主は、桜傑学園の理事長先生と仲がよくて、理事長先生が気にしているそのウワサの真偽をたしかめたい、とかねてから思っているらしい。
「とはいえ、そうと決まったわけではないことを深掘りするわけにもいかないわね」
たしかに、それはそうだ。
わたしが苦笑すると、さゆりが「でも」と眉をしかめてつぶやいた。
「どこでだったかしら。彼の顔、事件の日以外に一度見かけたことがある気がするのよね」
思い出せないけれど、と彼女はそこではそう言ったけれど。
――どこで会ったのか思い出したと連絡が入ったのは、その日のうちのことだった。
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