2 名探偵

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   * 『こころ。わたし、あなたの義弟が何者なのか、やっと思い出したわ。』  夜もふけたころ。  電話をかけてきたさゆりは、やや興奮した様子でそう言った。 「思い出したって……どういうこと? さゆり、もともと知り合いだったってこと?」 『知り合いだったというか……彼、小学生の頃、うちのパーティーに来ていたことがあるのよ。』 「針宮寺家の?」 初耳だ。 とはいえ、だ。……一瞬驚いちゃったけど、よく考えればそこまで意外じゃない気もする。だって、誠一お義父さんは警察のとてもエラい人で、さゆりの家ほどじゃないけどお金持ちのようだし、顔も広いようだった。 スバルくんが昔さゆりの家のパーティーにお呼ばれしていても、変じゃないだろう。  「でも、二人って知り合いだったんだ? スバルくんは気づいてるのかな。」 そう言うと、さゆりは『別に、知り合いではないわ。』と応える。 『ただ、お父様とは面識があるみたい。転校生の話をしたらお父様、驚いてらしたから。』 「おじさまが……。」 でも、どうしてスさゆりのお父さん……? わたしが首をかしげると、さゆりは視線だけこちらによこした。 『そのことなのだけど、どうやら彼は昔、警察に協力するような、優秀な探偵だったみたいなのよね。その関係で知り合いになったみたい。」 「え……!」  本当に、探偵だったの?   しかも、警察に協力するような? 何ソレ、ミステリー小説みたい。  いやでも、たしかに、刑事さんと知り合いだったような……。携帯番号も知ってたみたいだし。 『でも、二年前くらいから探偵の役割をきっぱりやめているそうよ。』 「え、そうなの? なんで?」 『さあ。わたしも、詳しくはわからないわ。』 うーん。……どうして隠してるんだろう。 すごい力でも、自分から言うのは自慢みたいで恥ずかしかったりするのかなあ? 人に誇れるような力なのに、隠してるのも使わないのも、なんだかもったいない。  『さあね。でも、お父様がおっしゃるには、昔は今みたいに落ち着き払ってる感じではなかったそうよ。自信たっぷりで、生意気な感じすらしたって。そこが逆に子供っぽい感じがしてかわいかったそうよ。』 「生意気……。」  それって、何かがあってスバルくんは変わってしまった、ってこと? それで、探偵もやめちゃった……?  スバルくんについて知れば知るほど、彼に関する謎は増えるばかりだ。  ――電話を切ると、お風呂にいくためにわたしは二階にある自室から出る。 うーん、やっぱり、気になる。いっそ、スバルくんに直接聞いちゃおうかな。 せっかく姉弟になったんだし、事情くらいは聞いてもいいんじゃないだろうか。 「「あっ。」」  そんなことを考えながら歩いていると、なんと、ろうかの向こうから歩いてくるスバルくんと鉢合わせた。  突然のことで、びっくりして、あとずさりしようとして――それがいけなかった。  わたしの立っている場所は、まさに階段にさしかかったところだったからだ。 「わ……ッ!」 「ちょっ、」  わたしの身体がぐらりとかしいだのを見て、目を見開いたスバルくんが、あわてたように手を伸ばす。そして、彼は伸ばした手でわたしの右手首をつかむと、強い力で二階に引き戻してくれた。  そのいきおいのまま、二人で二階のろうかに倒れ込む。  スバルくんにだきしめられるようなかっこうで倒れたから、身体が密着して、覚えず心臓が跳ねる。 「危なかった……。」  はあ、とため息をついたスバルくんに、わたしははっと我に返った。  ばくばくとうるさい心臓をごまかすように、あわててその場を飛び退く。 「ごっ、ごめんっ!」 「……気をつけなよ。」  スバルくんがゆっくり上体を起こす。呆れたような声に、うう、とうつむいた。  ドキドキなんて、してる場合じゃなかった。 迷惑かけちゃったな。……何やってるんだろ、わたし。 「ほ、本当に、ごめんなさ……、」 「……あのさ。どうしてそんなにオドオドしてるわけ?」 「えっ?」 お礼を言おうとしてさえぎられ、わたしは目を丸くした。……オドオド、って。 突然の言葉に呆然としているわたしに気づかず、スバルくんはどこか苦々しい顔で続ける。 「あの時だって、君は――」 けれど、彼はそこまで言って、はっとしたように言葉を切った。 そして、気まずそうに目をそらして、「……ごめん、なんでもない。」と言った。 「でも、気をつけて。ぼんやりしたまま階段を降りるのは危ないだろ。」 「う、うん。助けてくれてありがとう。」  なんとかそう答えると、スバルくんはうなずき、そのまま階段を下りていった。 「……あの時だって、か」  彼は今、きっと強盗事件の話をしようとして、途中で口をつぐんだ。……話したくないから、途中で言い掛けたことを呑み込んだんだ。  それに、オドオドしてる、って……わたし、そういうふうに見られてたのかな。 …くちびるを噛み、つかまれた右手首をそっとおさえる。  そこにはまだわずかに、彼の体温が残っていた。 
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