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『こころ。わたし、あなたの義弟が何者なのか、やっと思い出したわ。』
夜もふけたころ。
電話をかけてきたさゆりは、やや興奮した様子でそう言った。
「思い出したって……どういうこと? さゆり、もともと知り合いだったってこと?」
『知り合いだったというか……彼、小学生の頃、うちのパーティーに来ていたことがあるのよ。』
「針宮寺家の?」
初耳だ。
とはいえ、だ。……一瞬驚いちゃったけど、よく考えればそこまで意外じゃない気もする。だって、誠一お義父さんは警察のとてもエラい人で、さゆりの家ほどじゃないけどお金持ちのようだし、顔も広いようだった。
スバルくんが昔さゆりの家のパーティーにお呼ばれしていても、変じゃないだろう。
「でも、二人って知り合いだったんだ? スバルくんは気づいてるのかな。」
そう言うと、さゆりは『別に、知り合いではないわ。』と応える。
『ただ、お父様とは面識があるみたい。転校生の話をしたらお父様、驚いてらしたから。』
「おじさまが……。」
でも、どうしてスさゆりのお父さん……?
わたしが首をかしげると、さゆりは視線だけこちらによこした。
『そのことなのだけど、どうやら彼は昔、警察に協力するような、優秀な探偵だったみたいなのよね。その関係で知り合いになったみたい。」
「え……!」
本当に、探偵だったの?
しかも、警察に協力するような? 何ソレ、ミステリー小説みたい。
いやでも、たしかに、刑事さんと知り合いだったような……。携帯番号も知ってたみたいだし。
『でも、二年前くらいから探偵の役割をきっぱりやめているそうよ。』
「え、そうなの? なんで?」
『さあ。わたしも、詳しくはわからないわ。』
うーん。……どうして隠してるんだろう。
すごい力でも、自分から言うのは自慢みたいで恥ずかしかったりするのかなあ?
人に誇れるような力なのに、隠してるのも使わないのも、なんだかもったいない。
『さあね。でも、お父様がおっしゃるには、昔は今みたいに落ち着き払ってる感じではなかったそうよ。自信たっぷりで、生意気な感じすらしたって。そこが逆に子供っぽい感じがしてかわいかったそうよ。』
「生意気……。」
それって、何かがあってスバルくんは変わってしまった、ってこと? それで、探偵もやめちゃった……?
スバルくんについて知れば知るほど、彼に関する謎は増えるばかりだ。
――電話を切ると、お風呂にいくためにわたしは二階にある自室から出る。
うーん、やっぱり、気になる。いっそ、スバルくんに直接聞いちゃおうかな。
せっかく姉弟になったんだし、事情くらいは聞いてもいいんじゃないだろうか。
「「あっ。」」
そんなことを考えながら歩いていると、なんと、ろうかの向こうから歩いてくるスバルくんと鉢合わせた。
突然のことで、びっくりして、あとずさりしようとして――それがいけなかった。
わたしの立っている場所は、まさに階段にさしかかったところだったからだ。
「わ……ッ!」
「ちょっ、」
わたしの身体がぐらりとかしいだのを見て、目を見開いたスバルくんが、あわてたように手を伸ばす。そして、彼は伸ばした手でわたしの右手首をつかむと、強い力で二階に引き戻してくれた。
そのいきおいのまま、二人で二階のろうかに倒れ込む。
スバルくんにだきしめられるようなかっこうで倒れたから、身体が密着して、覚えず心臓が跳ねる。
「危なかった……。」
はあ、とため息をついたスバルくんに、わたしははっと我に返った。
ばくばくとうるさい心臓をごまかすように、あわててその場を飛び退く。
「ごっ、ごめんっ!」
「……気をつけなよ。」
スバルくんがゆっくり上体を起こす。呆れたような声に、うう、とうつむいた。
ドキドキなんて、してる場合じゃなかった。
迷惑かけちゃったな。……何やってるんだろ、わたし。
「ほ、本当に、ごめんなさ……、」
「……あのさ。どうしてそんなにオドオドしてるわけ?」
「えっ?」
お礼を言おうとしてさえぎられ、わたしは目を丸くした。……オドオド、って。
突然の言葉に呆然としているわたしに気づかず、スバルくんはどこか苦々しい顔で続ける。
「あの時だって、君は――」
けれど、彼はそこまで言って、はっとしたように言葉を切った。
そして、気まずそうに目をそらして、「……ごめん、なんでもない。」と言った。
「でも、気をつけて。ぼんやりしたまま階段を降りるのは危ないだろ。」
「う、うん。助けてくれてありがとう。」
なんとかそう答えると、スバルくんはうなずき、そのまま階段を下りていった。
「……あの時だって、か」
彼は今、きっと強盗事件の話をしようとして、途中で口をつぐんだ。……話したくないから、途中で言い掛けたことを呑み込んだんだ。
それに、オドオドしてる、って……わたし、そういうふうに見られてたのかな。
…くちびるを噛み、つかまれた右手首をそっとおさえる。
そこにはまだわずかに、彼の体温が残っていた。
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