2 名探偵

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スバルくんがうちのクラスに転入してきて一週間が経ったが、彼の人気は衰えるどころかすごい勢いで増していっていた。 「時浦くん、さっきの数学でわからないとこがあったの。ここの問題教えて〜!」 「ああ、ここは……。」 「なあスバル、昼外でサッカーやらねえ? 人数集めてさあ。」 「いいけど。」 彼本人はどちらかと言うと無愛想で、クラスのみんなとは一線を引いているような態度を取っているけれど、むしろそこがいいというのが女の子たちの談だ。まあ、愛想がないって言っても、その実けっこう親切だしね。 ……しかも、スバルくんって男の子からも人気があるんだよね。 異性にモテたら、本来ならねたまれたり、遠巻きにされたりすることもありそうなのに、それがほとんどないところが彼のさらにすごいところだ。 さゆりがいつか言っていたように、つかず離れず、誰とも一定の距離感を保ってうまく立ち回っているんだろう。 ……そして、それは、わたしに対してもそうで。 わたしは彼の姉であるはずなのに、スバルくんとわたしのあいだには一定の距離がある。 内側に踏み込ませまいとしているような、そんな気がするんだ。   * 「相変わらずすごい人気ね……。」 「ほんとにね〜。」 わたしとさゆりはこの一週間で、一歩離れたところでスバルくんとその近くにいるクラスメイトたちの集団を見ていることが定番になった。 女の子なら誰もがあこがれちゃいそうなスバルくんだけど、さゆりはスバルくんをすごい人だと認めはしたものの、恋愛対象としては見ていないという。理由を聞いたら、「わたしのタイプは包容力のある年上よ。」だそうだ。さゆりらしい。 「こころは、あそこに混ざらなくていいの?」 「えっ。」 不意にさゆりがそう聞いてきたので、わたしは面食らう。 あそこって、スバルくんとみんなのところかな。 「な、なんで?」 「だってあなた、彼のこと気になっているんでしょう? 話をしにいけばいいではないの。」 「ええっ! べ、別にそういうわけじゃないよっ。たしかにスバルくんはかっこいいけど、わたしはそんなんじゃなくて!」 「あら、そうかしら? あなた、わりと彼のことよく見てるわよ。」 わたしは目を見開き、そんなことないからっ! と再び強く否定して、両手を顔の前でぶんぶん振った。 「本当に、そんなんじゃなくって……。」 そりゃ、スバルくんはかっこいいけど。そもそも、血はつながってなくても弟だし。 「目でついつい追っちゃうのは、スバルくんがどうして探偵をやめちゃったんだろうっていうのが気になるからで……。」  ああ、とさゆりが同意を示してくれる。 「確かに気にはなるわよね。」 「そうなの。……でも、スバルくんが強盗事件のときのことを蒸し返されたくなさそうって話はしたでしょ? それであのとき、刑事さんに『もう二度と探偵に戻るなんてごめんだ』って言ってたのを思い出して……。」  よほど嫌なことがあったのかな、とか。つらいことがあったんだろうか、とか。  気にし出したら、どうにも思考のすみっこに疑問がいすわるようになってしまった。  ふうん、と言って、さゆりがイスの背にもたれる。 「そんなに気になるなら、直接本人に聞いてみたらいいのではないの?」 「そうなんだけど、なんかちょっと気まずくて……。」 スバルくんが昔探偵をやっていたことを勝手に知っちゃったこともあったし、なんだか後ろめたくなって、あんまり話してないんだよね。 会話をしないわけではないけど、当たり障りのないことばかりだし。 ……それに、わたしが階段で落ちかけたのを助けてくれた時に言われたことも、気まずさに拍車をかけている気がする。 どうしてそんなにオドオドしてるのか、って聞いてきた、あの時のスバルくん……なんだか、いらだった顔をしてた。その時すぐに、はっとしたみたいに謝ってくれたけど、あれは多分、本音だったと思う。 本当は、ふがいないわたしに腹を立ててるのかも、と一度思ってしまうたせいで、うまく話ができないでいる。 「――ねえねえ、こころちゃん! 時浦くんて、いつも家じゃどんな感じなの?」 「えっ、わっ⁉」  黙って思考の海に沈んでいると、いつの間にか、クラスの女の子たち席の周りに集まってきていて。  身を乗り出しているのは、クラスでも華やかなグループにいる、真野きさらさん。 彼女たちが近づいてきていることにまったく気づいていなかったわたしはびっくりして、イスごとうしろに後ずさった。 「いいな〜、あんなイケメンが弟で! 家でもずーっと一緒にいられるなんてうらやましいっ!」 「スバルくんって、やっぱり家でもかっこいいの?」 「勉強教えてもらったりする? スバルくん頭もいいもんね!」 「え、あ……うーん、まあ……。」  真野さんたちの質問に、あいまいに笑って、うなずく。 本当は、家ではあんまり話してないんだけど……。別にわざわざ言うことじゃないよね。 「やっぱりそうなんだ!」 「うらやましい! はあー、いいなあ。わたしもスバルくんみたいな兄弟ほしいわ。クールで、イケメンで、おまけに頭もいい!」 「でも兄弟じゃ、もしかして……ってこともないよ?」 「いやいや、こころちゃんみたいに血がつながってないならあるいは?」 「やだもー! スバルくんにはわたしたちなんてつり合わないよ〜。」 ねぇー? と楽しそうに言い合うクラスメイトに、あはは、と笑いをこぼす。 ……つり合わない、と口では言ってても、みんなスバルくんと仲良くなりたいんだろうな。そしてそれは、わたしだってそうだ――でも、スバルくんは、全然人をふところに入れない。  せっかく家族になれたんだし、何より、スバルくんはわたしの命の恩人だ。 仲良くなりたいけど、わたしはその糸口をつかめないままでいる。
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