シークエル

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シークエル

 わたしたちの振動数はつねに変化している。外見はなにも変わらないが質量や剛性がさだまらず、とつぜん重くなったりやわらかくなったりする。ほかのいきものやたてものはきちんと固有の振動数を守っていることから、これは受け継がれた遺伝子によるものとかんがえられている。  この体質では生活もままならないので、わたしたちはあたり一帯に特殊な電磁波を流し、じぶんたちの振動数を不都合のない数値に固定している。しかしその電磁波も一定というわけにはいかない。この土地は非常に地震が多く、毎日すくなくとも三回は揺れる。もし地震とわたしたちの振動数がおなじであれば共振が起き、わたしたちのからだはたちまち崩れ去ってしまうだろう。被害を防ぐには振動数をずらさなければならず、つまり地震のたびに電磁波を調整しなければならない。それがわたしのしごとだ。  わたしは電磁波を拡散する鉄塔の最上階に住んでいて、いつも地震感知のアラームでめざめる。深いねむりへつまさきをさしこんだ瞬間に鳴り響くこともめずらしくない。ベッドと反対側の壁に操作盤があり、ディスプレイには震度や到達時間、振動数が表示されている。  わたしは地面が揺れはじめる十秒足らずのあいだにいくつものつまみをひねる。電磁波は鉄塔の外へ放つものと鉄塔のなかへ広げるものの二つがある。屋内にいる場合はそのたてものの振動数も影響するので、ほかの家屋とゆいいつ振動数のことなる鉄塔の内部、わたしに浴びせる電磁波はひとびととべつのものでなければならない。  その日もわたしは地震にねむりを邪魔された。最近はアラームの鳴る気配で目がさめる。地震がおさまってもベッドにもどる気になれず、貯蔵庫の食料をかぞえていると電話が鳴った。電話は塔の入り口にもあり、訪問者はまず記載した番号にかけるよう張り紙をしている。ひとが来るのはひさびさだ。わたしは部屋へもどり受話器をとった。 「もしもし」 「すみません。道をうかがいたくて……」  若い男の声だった。わたしはこの場を離れるわけにはいかないのでかれに階段をのぼるようつたえた。しばらくしてあらわれたのは大きな荷物を背負った青年だった。 「遺跡をめぐる旅をしています。土砂崩れで迂回したところ迷ってしまって」  かれはたどたどしい公用語を喋った。 「これほど地震の多い土地ははじめてです。山や崖の近くは通れませんね」 「あと半日も歩けばだいぶ落ち着くはずよ」 「電話がつながるとは思いませんでした。こんなところにひとりきりでさみしくないのですか」  青年を送り出し、しばらくするとまたアラームが鳴った。かれが安全な場所にいることを願いながら電磁波を調整する。するとわたしのからだが鳴りはじめ、アラームと共鳴しているのだと思いいたる。ただでさえ不快な警告音がいっそう激しく響く。耳をふさいでも音は体内にこだましている。わたしはうずくまりからだを床に密着させ、どうにか振動を止めようとする。鉄塔がぐらぐらと揺れる。音は繭のようにわたしをつつみこんでいる。 2022.10
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