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桜のいっていた、願い事を叶えてくれる、学校の屋上の大樹にすむ女子生徒。
きっと、桜はその噂をしんじて、この大樹にまでやってきたのだ。
月乃さんが、その女子生徒なのだろうか。
「ユキト君の妹さん?」
まばたきをしたら、月乃さんの頭は、食パンがちぎれるように、ふたつに割れていた。月明かりは、その割れ目からしみでた、赤い血を光らせた。
しかし、空からおちてきた木の葉をふとみている間にも、月乃さんの顔は、口からヨダレをたれながしまくった、幼稚園児になっていた。
ぼくの名前をつげると、月乃さんは制服のポケットから、ちいさなメモ帳をとりだした。表紙のところにエンピツで『こきゃくりすと』と書かれている。
「うん、そうだね。たしかに桜ちゃんは私のところにきたよ」
「桜は、ヌル君のお腹のなかにいるのかい」
「今は祠に収納されている。彼女の予備パーツには欠陥が多かった。同年代の女子と比べると、とっても。だから、その多くが廃棄品となるの」
いっている意味はよくわからなかったけど、どうやら、月乃さんが例のうわさの女子であること、彼女は桜にかかわったこと、そして、頭がおかしいやつだということはわかった。
「お仕事なの。ホラ、ゴミ収集車、ってあるでしょう? 私のお仕事は、ゴミを収集するんじゃなくて、人の体の予備パーツを回収して、ストックしておくことなの」
パタンとメモ帳をとじた。
月乃さんのガラスの目玉のなかを、一匹の魚の影が泳いだ。(金魚すくいの屋台みたいだ……)
それはもう片目に泳ぎ、そして、赤と青の花火となり、ちらばった。
「ねぇ教えて。皆は甘い食べ物が好きだよね。それって、たとえば、蝶々さんでもおいしいの? 私には、お祭りで売っているりんご飴と、蝶々の区別がつかないの。だから、蝶々も串で突き刺して飴にしたらおいしいとおもうの。甘いのかなぁ」
「祠にいけば、桜の体を回収できる?」
「めんどくさいもん。ねぇ、ユキト君はお砂場であそぶことある?」
「ない。なに? まさかとはおもうけど、今から砂のお城でも作ろうって?」
「お砂場にビー玉をかくしたとします。私たちにとってはちっぽけなお砂場でも、ありんこにとっては、広大な砂漠だよ。そこからビー玉をさがしだすことができるでしょうか?」
人のいない、そして風もふいていない、しずかな屋上なのに、ブランコの鎖は、まるで少女があそぶように、キィキィとこきざみにゆれている。
月乃さんの顔は、メスの狼になったあと、モザイクでおおいつくされた。
「ムリでしょ。ユキト君が私にやれ、っていってるのはそれとおなじことだよ」
ぼくは歯軋りをした。
月乃さんはランドセルをあけて、連絡帳をとりだしていた。
ぺらぺらぺら……。ゆっくりと、ページをめくっている。
「ねぇユキト君。作文の宿題やった? そろそろ卒業だものね、将来の夢についての作文を書かなくちゃね」
ぼくはその作文をあきらめた。
一時間かけても、なにも書くことができなかったから、ハサミで切って捨てたのだった。雨と雪とゴミは、消えるだけでも仕事なのだから、それならぼくは、彼らをまとめて消してあげる仕事をしたい。けど、それは夢といえるのか。
「ユキト君、来年、中学生だね」
「ねぇ月乃さん。桜を返してくんない? ムリだっていうなら、右手だけでも」
「でも私はずっとこのままなの。ずーっと小学生のままなんだよ」
「ぼくも、手伝えることがあるなら、手伝うから」
「ほんと?」
いつの間に月乃さんは狐のお面をかぶっていて、次にまばたきをすると、鬼の仮面になっていた。
そして、風がふいて、樹から葉がさらさらと舞うなか、きづけば、月乃さんはぼくの目のまえにいて、ぼくの首を両手でつかんでいた。
「いったね?」
鬼の仮面の、片目の部分だけが、パキンと割れ、そのむこうのガラスの右目が、黒い炎をまとっていた。
「ぼくの体のパーツも回収する気か?」
「いらない。だって、ユキト君のE粒子はゼロだもん」
「?」
大樹のそばで、ヌル君が地面をパンパン叩いている。
そのあと、ねころがってコロコロころがった。
「ア、みてみて。ヌル君が笑ってる。すごいことなんだよ? E粒子がゼロの人間なんか、めったにいないんだから」
バケモノも笑うのか。
父さんだって笑うのだから、そうなのだろう。
「いいよ、手伝ってあげる。桜ちゃんの欠陥パーツさがし。そのかわり」
月乃さんはぼくの首から手を離すと、大樹にあゆみよった。
ソッと手のひらで幹をなでると、風でスカートをなびかせながら、ふりむいた。
「君の席の隣の子。ミヅキ、っていったっけ? あの子のE粒子回収、手伝って。あの子のE粒子、君とはちがってすばらしいものだもの」
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