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月乃さんは仕事内容をまとめたメモ用紙をくれた。
「帰り道にでも読んでおいて。ホラ、今日は満月だもの。月明かりで読みなさい」
月乃さんはブランコをこぎ、ヌル君は大樹によりかかって眠った。
屋上をでたころには、やはり月乃さんの顔をわすれてしまった。
以下、メモ用紙に書いてあったこと。
月乃さんのお仕事は、噂のとおり「願い事を叶える」ことだった。
悩みをかかえた生徒が、夜に屋上へやってきて、月乃さんに願い事をする。
月乃さんはその願い事に叶える。
だが、それは嘘だった。
月乃さんは、その嘘の噂をひろめて、皆の体をヌル君をつかって回収し、予備パーツとしてどこかの祠に収めている。(月乃さんがエンピツで一言コメントを書いている。「予備は大事だもの。予備がなかったら、お友達が皆死んじゃった時、ひとりぼっちになっちゃうでしょう? ア……そっかー、ユキト君にはお友達いないから、わかんないか、クスクス」バカにしているみたいだけど、月乃さんも友達はいない)
必要なパーツを祠にストックしておき、そのかわりに「偽木」というもの体に組み入れて、皆の体をお返しする。
偽木は人間の体のパーツによくにているけど、そのなかに秘めた力は、人間とは比べ物にならない。(月乃さんが赤ペンでコメントを書いている。「ここテストに出まーす! 偽木は祠のおくの『神様たちの森』の木でつくっているの。だから、人間世界の住人がつくったおもちゃなんかはこっぱみじんだよ? とある実験によると、かくへいき? とかいうのにもたえたみたい。むずかしい漢字はわかんない!」)
ぼくは桜の右手をおもいうかべた。
花の香りがきえ、ぼくの歯形がきえてしまった、桜の右手。
桜は、じぶんよりも遥かにおおきい、父さんをボコボコにしていた。
ぼくの首を締めあげたあの力も、人間のものとはおもえないほどに、とっても強力だった。
どうやら月乃さんのいう通りのようだ。
桜の今の体は、月乃さんのいうところの、偽木というものが埋めこまれた体なのだ。
メモ用紙には、くずれたプリンみたいなものが描かれていて、どうやらそれは、ヌル君らしかった。
月乃さんとチューブでつながれている、バケモノ。通称ヌル君。
彼は『神様たちの森』から月乃さんについてきた、ペットだった。
普通の人にはみることができないが、なぜかぼくにはみえるようだ。(目のしたにヒドイクマのある少年のイラストとともに、月乃さんのコメントが書いてある。「どう? 君だよ? けっこうにてるでしょう? 私、絵には自信があるの。ユキト君はずいぶん長い間、ねむれていないみたいだね。きっと、夢と現実のくべつがつかないんだよ。だからきっと、ヌル君と人のくべつがついてないんだよ」)
ヌル君は皆にみえないだけでなく、基本的にこの世界に爪痕をのこせない。たとえば、あれだけ巨大の口があるのに、通常では、皆の体をたべることも、ベタベタたれながすヨダレで掃除当番に嫌がらせをすることもできない。
だけど、月乃さんがお仕事の時につかう、特殊な笛――神切笛をふくことで、すがたをあらわし、皆の体をたべれるようになる。
ヌル君の役目は、皆の体をたべて、パーツの分解。
そして、E粒子の回収。
月乃さんは、願い事を叶える力をもつ偽木を与える代わりに、お金ではなく、E粒子というものをもらう。
E粒子はヌル君と月乃さんの栄養源みたいなものらしい。
ぼくたち人間が食べ物がないと生きられないように、彼女たちもE粒子がないと生きられない。ヌル君は人から回収したE粒子を、あの緑色のチューブをつかって、月乃さんに分け与えているという。
世界に存在するけど、E粒子の回収ができない月乃さん。
世界に存在してないけど、E粒子の回収をし、月乃さんに分け与えるヌル君。
このふたりは、共生の関係にあるようだった。(月乃さんはカッコつけて「びじねすぱーとなーなんだよ? 私とヌル君は。ちゃんとはたらいてよね、ヘッポコ平社員のユキト君」とコメントしていた)
そして、今回月乃さんがぼくにたのんだ、ミヅキのE粒子だけど。
彼女のE粒子の値は、月乃さんが今までみたなかでも、相当に高い値らしく、さらには鮮度もすばらしいとか。
ぼくはしらないけど……人間の食べ物でいうところの、キャビアとか、フォアグラとか、霜降り和牛とか、その位のものらしい。
まだよくわかっていないけど、ヌル君と、彼女がもつ特別な笛をつかえば、ぼくの助けなくミヅキのE粒子を回収できるのではないか、とおもった。
だが、メモ用紙に書かれていた最後の一文を読んで、ようやく理解した。
――神切笛の音色がパーツ回収対象者にしみこむには、
――相当の「ほのくらい、ぜつぼうの感情」に飲みこまれていることが条件なの。
――音色が沁みこまなくては、体の分解もできないし、E粒子を取りこむこともできない。
――だからユキト君、君がやることはわかったよね?
――ミヅキをぜつぼうのふちにたたきおとしなさい。
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