空っぽランドセル

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 青はオレンジに、そして、黒にぬられ、夜にそまってゆき、やがて、金曜の風は、空にむかってふいていた。  月乃さんは巫女の服をきていて、木製の笛をもっていた。  リコーダーとちがい、ところどころに、金色の葉のかざりがついている。 「これが今日くるお客さんだよ」  ちいさなメモ用紙には子供の情報が書かれていた。  五年生。ピアノをやっている女の子で、じぶんより才能のある女の子に勝ちたい……という願いだった。  ぼくはまえまで父さんに殴られていたけど、はたして、ピアノも強く殴れば、キレイな音を奏でるのだろうか。 「才能って、花の水やりとにているよね。才能のある子には丁寧に水をあげつづけていれば、ゆくゆくはキレイで立派なお花が咲く。でも、才能がない花は? ただただ水がもったいないだけだよね」  月乃さんはランドセルから、なにか、赤いものをとりだし、目をつむると、ギュウとにぎりつぶした。キィイイ……ときこえた。月乃さんの手は、赤くよごれ、そして、その手をペロペロ舐めた。「三時のおやつがまだだったから」  なんだろう? もしかしたら、トマトジュースかもしれない。  だとしたら、コイツはおかしい。  ジュースはちゃんとコップにいれて飲め、とぼくは桜に教わった。  床にこぼしたジュースは、ばい菌だらけで危ないから、ということだ。  それなのに、……コイツ、手についたジュースをペロペロ舐めるなんて。 「じゃあさ? 才能がないやつはどうすればいいとおもう? ただただ、隣のお花がキレイに咲く様を指をくわえてみてればいい? そんなわけないよね。だから簡単な話だよ。キレイな花だって、折れてしまえばただの可燃ゴミだよ」 「月乃さんの才能ってなに?」  月乃さんが黙った。  そして、ぼくたちふたりであってから初めてかもしれない、そのガラスの目玉を、ぼくから逸らし、大樹からハラハラ落ちてくる葉にむけた。 「さぁ? 通行人の才能かしら」  月乃さんはそうつぶやくと、そこから「水死体の顔をみせてあげる」と青白い、不気味な顔になった。この学校のプールでおぼれ死んだ子の顔を借りたのだという。 「このまえ、掃除のおばちゃんがそんなことをいっていたよ」 「そうなの。私、この子とも仲がよかった。肺もお腹も心臓も、水でいっぱいになって使い物にならなかったから、仕方ないから顔だけもらったの。男子から人気がある子だったけど、やっぱり、死に顔はどんな子もひどいよね」 「ねぇ、絶望って、どんな時にかんじるのかなぁ」 「ン? しらないよ。でも、私はユキト君みたいな子供を産んだらとおもうと、絶望するかもね。えらいね、ユキト君。ちゃんと私のお願いについて考えてるんだ」  ここは、星のしたで、酸素にたくさん囲まれているのに、月乃さんは、息苦しそうで、そしてぼくにはその顔が、生きることも苦しそうにみえた。 「水中は酸素がない。死に一番近く、死神が生息する場所。きっとこの子は死を目のまえにして絶望したでしょうね」  しばらくして、ア、と月乃さんは手を打った。苦しそうな表情はゆるみ、髪にゆるくウェーブのかかった、青いガラスの目玉の異国の少女になった。 「あの女の子、今週、先生のチンコを嚙み切った子がいたでしょう? アズサ、っていったっけ?」  アズサはあの日以来、学校を休んでいて、カウンセリング? というのをうけていると、ミヅキからきいた。 「あの子のお願い事はね、エッチなことをしてくる先生をなんとかしてほしいってことだった。じぶんの裸の写真とかをケータイに保存されていたみたいでね、いうこときかないとばら撒くって脅されてたの」  大本先生は入院し、そして、大人たちは先生のことでもめているようだった。  親たちが校長や教頭に文句をいい、大きなカメラや、マイクを持った人が、校門ちかくをうろついていた。  当の大本先生は事件のことをきかれても、青い顔で、唇の端からヨダレを垂らしながら、カタカタ震えるだけだという。 「だから、死のうとおもったんだって。それで、屋上にきたんだよ。私とめてあげたの。お空から落ちてくるお星さまはキレイだけど、あなたが運動場におっこちても、シミになって、汚いだけだよって」 「月乃さんはやさしい子だから、アズサの体を偽木で作り替えたんだね」 「そうだよ。私、早くミヅキのE粒子がほしい」  月乃さんは、黄金色の髪の毛をもつ、どこか、異国の王女様のような、位の高そうな雰囲気の女性の顔になった。どこかからとりだした、銀色の食用ナイフを二本、ほっぺのよこにくっつけ、くちびるをつりあげた。 「なにをしているの?」 「笑顔の練習。私、どうやったら笑えるのかわからないの。笑った女の子を男の子は好きになるんだってね。どう、かわいい?」  あれに似ている。  なんとかの微笑み。 「まぁいいや。E粒子ゼロのユキト君にかわいいっていわれても、ウジ虫に褒められたみたいでうれしくない、ねぇそれよりどう? アズサの絶望は参考になりそ?」 「学校の先生の授業よりは」  正直な話、かなりありがたい情報だった。  暴力で押さえつけ、弱みを握り、さらに傷つける。  人はそんなにも簡単に壊れる。  だが、……問題があるとしたら、ぼく自身だ。  ぼくの肉体は、もともとヒョロヒョロなのと、睡眠不足と、桜に痛めつけられたことで、かなり弱まっている。  だから、ぼくの力で、ミヅキを絶望に追いやるのはむずかしい。  それなら――。  ひとつ、ひらめいた時、月乃さんはブランコの立ちこぎを始めた。  巫女服の下半身の部分は、スカートのようになっていて、ブランコの揺れにあわせて、ふわふわめくれていて、その下のパンツがみえかくれした。 「このブランコはね、ずーっと昔に、私のために先生が作ってくれたんだよ」  月乃さんはまたしても、ぴょーんと月にひっぱられるように、空中に舞い、そして雲がおりてくるように、ふんわりと着地した。 「私がさみしくならないように、って。この樹もそうだよ」
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