空っぽランドセル

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「ついたよ。ここが祠」  樹に囲まれた神社の裏に、強い風でぶっ壊れてしまいそうな、ボロボロの祠があった。大人の身長ほどの祠は、ツタにおおわれて、苔だらけだった。その両横にはふたつの灯篭があり、オレンジ色の火が灯っていた。 「こっちが回収用。それであっちが」  月乃さんが指さすほうをみると、すこし離れた場所に、もうひとつ、これまたボロボロの祠があった。 「出荷用のやつね。完成した偽体(ギタイ)はあっちからでてくるんだよ」  月乃さんはランドセルをおろすと、よっこいしょといいながら、祠の扉を開いた。    月乃さんのランドセルのなかを、ぼくはおもいだした。  ランドセルのなかの闇と、この祠のなかの闇は、とてもにていた。のぞいたら、その、深い深い黒に、すべてをもっていかれそうな、そんな、ぶきみで、危険なオーラをその闇は放っていた。  月乃さんはおもちゃ箱をひっくりかえすように、ランドセルをさかさまにして祠のなかにぶちこみ、ゆさゆさとふるった。少女のすすり泣きがどこかにすいこまれ、ゴトゴトゴト、ボトボト、と音がした。  やがて、空っぽのランドセルをまたせおったあと、パンパン、と二度ほど手をたたき、月乃さんは祠にむかって頭をさげた。  しばらくして顔をあげ、ふりむいた。 「完成するまでは時間があるから。晩ご飯代わりにヌル君のお肉でもたべる? 醤油につけてたべるとおいしいんだよ」  ヌル君はギョっとした様子で、首をゴムみたいにニュンとふりまわして、月乃さんをみた。 「電子レンジみたいにチーンっていうのかな、完成したら」  こんがりやけた、焦げだらけな真っ黒食パンはおいしいけれど、人の体は、レンジにやけたら、夕陽のようなオレンジ色なのだろうか? 「あぁ、桜のごはんがたべたいなぁ。そろそろ、クリスマスだし、ホットケーキがたべたいなぁ」 「ヌル君。あなたの体、べつに切ったってすぐに再生するじゃない。なにをおびえているの?」 「桜はね、とっても料理が上手だったんだ。毎朝、それから、毎晩、ぼくのためにおいしい食パンをやいてくれるんだよ。父さんはぼくたちにおもちゃは買ってくれなかったけど、電子レンジは買ってくれたんだ」  どこからとりだしたのか、月乃さんは包丁をもってヌル君を追っかけまわした。  ヌル君は必死で逃げていたけど、やがてつかまり、お腹の肉をすこし切られた。かなしかったのか、地面に顔をつっぷしてふるえていた。  ヌル君のお肉を噛みちぎると、月乃さんの口から、白いものがタラタラあふれた。 「なにか一曲演奏したげる」  機嫌がよくなったのか、月乃さんは笛を手にした。 「安心して。神切笛ではないから」  なるほど、たしかにリコーダーだった。  ぼくは電気屋さんでみた、テレビゲームのBGMをリクエストしてみた。  月乃さんはコクリとうなずくと、リコーダーをくわえ、灯篭の灯りをたよりに、ぎこちなく指をうごかした。  演奏はとてもヘタクソで、幼児が泣きわめいているようだったけど、森で眠っていた鳥たちは、葉っぱをちらしながら、夜を旅した。この世界には勇者も悪の大魔王もいないけれど、夜の先でまつ、明日というバケモノをたおすべく、彼らはとぶ必要があった。 「偽体が完成したみたい」  焦げ臭いにおいがするとおもったら、出荷用の祠が煙をふいていた。  バンと祠がひらくと、なかには先ほどの女の子がいた。体操座りみたいな格好をして入っていたようで、片足ずつ、足を地面におろした。  服は着てなくて、裸だった。よたよたと歩いたあと、ぼくたちのほうをみた。  やはり、月乃さんと、桜とおなじ、ガラスの目玉をしている。 「ふーん?」  なにか股間がむずむずするとおもったら、月乃さんがさわっていた。 「なに?」 「男子は女子の裸をみると性器が大きくなるんでしょう? でもユキト君は大きくならないね」 「そうなんだ」 「さすがだね。E粒子がゼロなだけじゃなくて、性欲もまったくないんだね。きっとユキト君は、泥を作ろうとおもった神様が、まちがえて人の形にしちゃったんだとおもうよ」  先ほどぼくがおもっていたことを、まさか月乃さんにいわれるとはおもわなかった。月乃さんはぼくの股間から手を離すと、ランドセルの中から制服や靴下をとりだして、女の子のまえへほうり投げた。  女の子の着替えがおわると、月乃さんは、いろいろ女の子にたずねていた。  女の子は、数字をいったり、難しいことばをペラペラくりかえしたり、時々、ラジオのノイズみたいな音をだして、こたえていた。  そのあとは、女の子の腕や足に触れて、叩いて、折り曲げて、そして、胸には針を刺したり、お腹はトンカチをつかってコンコン殴った。  一通りおわると、月乃さんは『こきゃくりすと』をとりだして、エンピツでなにやらかいていた。 「うん。検品作業はおわり。あなたの予備パーツ大切に使わせてもらうからね。さぁ帰りましょう」  そしてぼくと女の子は、月乃さんに手をひかれ山のなかを歩いた。  木に囲まれていたはずの道は、いつのまにか、みなれたぼくの住む町になった。  町につき、月乃さんが女の子から手を離すと、彼女はフラフラと、町のどこかへきえてしまった。 「どう? 私たちがどうやってE粒子を摂取しているか、偽体を作っているか、わかった?」 「月乃さんのお家はどこなの?」  月乃さんは小学校のほうをむいた。  ずーっと遠くでも、屋上にそびえたつ、あの大きな樹は、夜空にむけてリンとしていた。 「あの約束、ちゃんと守ってね、じゃあまた明日、学校で」  もう月乃さんはいなかった。
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