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ミヅキの家で、レストランで注文したという、シチューをたべた。
「白羽は料理ができないの。だから、晩ご飯はいつも宅配してもらっているのよ」
ミヅキがごはんをたべているところを初めてみたけど、桜とあんまりかわらない。ごはんよりも、ぼくの顔をみる回数が多いのだ。
たべている途中、となりの部屋でなにかおおきな音がした……、とおもったら、うつぶせの白羽さんが、なにか載って運ばれてきた。
「もう! またルンバに運ばれてる」
ミヅキはあわてた様子で、白羽さんをおこした。
となりの部屋の掃除をしていたら、勢い余って転んだのだという。
「す、すみません。お嬢様、せめて後片付けはお任せください」
「白羽は食器に触れたらダメってパパにいわれているでしょ? おとなしくレント君の毛づくろいでもしてなさい。あなたのメインのお仕事でしょう」
レント君とは、リビングに置いてある、とても大きなクマのぬいぐるみだった。
白羽さんは死にそうな顔で、レント君に人生相談を始めた。
食器の後片付けがおわると、ミヅキは「クリスマスプレゼント交換をしよ」とじぶんの部屋にもどった。
レント君のほつれた毛糸を指にからめながら、白羽さんはフと笑った。
「いやぁ、お嬢様も元気になられたなぁ」
ぼくはチラリと白羽さんをみた。
「あぁ。私がこの家にきたばかりの頃、お嬢様はお母様を亡くされたショックで、とても落ちこんでおられました。でも今ではよく笑うようになった。ウン、ユキト君がそばにいたからでしょうかね? 女の子というのは、男の子がそばにいればかわりますから……」
ぼくはシチューのおかわりがほしかったけど、勘違いされたようだ。
「よ、余計なこというな~ッ」
茶色のつつみをもって、ミヅキが帰ってきていた。
顔を赤くして、ほんのすこしだけ目がうるんでいた。
ぼくと目があうと、スとそらし、つつみをわたしてきた。
「はい、これクリスマスプレゼントだよ。メリークリスマス、ユキト君」
といっても、クリスマスは来週なのだった。
わたされたつつみのなかには、青色のマフラーが入っていた。
「ぼく、クリスマスプレゼント準備してないよ」
「いいの。来週、学校につけてきて?」
ぼくはマフラーを巻いてみることにした。
桜の手とちがって、やわらかく、温かかったが、花の香りはしなかった。
「うん! にあう、にあう! ねぇ、白羽」
「はい、とても」
白羽さんは、レント君の両手を手にとり、パチパチ拍手させていた。
「ユキト君がいつも巻いてるマフラー……ボロボロだもの。こっちのほうがいいよ」
ぼくがマフラーの感触をたしかめていると、ミヅキはすこしほほえんだ。
「えへへへ……、気に入ってくれてよかった。さぁさぁ、クリスマスケーキをたべましょう。白羽、準備して」
ミヅキの命令に白羽さんは冷蔵庫にむかった。
「ねぇ」
「なぁに?」
「ミヅキは、お母さんのこと、好きだった?」
「えぇ~、なに急に」
ミヅキは顔を赤くして、ほっぺを両手でつつんだ。
「ん~。そりゃ……好きだよ。やさしいし、キレイだったし」
「そう」
「うん。病気で体が弱ってた時でも、そんなそぶり私のまえではみせないんだ~。いつも、ニコニコしてた。辛いことや、イヤなことがあっても、笑っていれば、自然とたのしい気持ちになれるでしょう? って」
ぼくは母さんの笑顔をおもいだすことができない。
ぼくに背をむけ、桜の頭をなでる、母さんの後ろすがた。
桜の右ひじに噛みついた時、母さんは泣きわめく桜の頭をよしよししていて、ぼくには、笑ってくれなかった。
「それでね……たぶん、ママもわかっていたんだとおもう。じぶんが長くないってこと。最期のほう、よくいってたもの」
ポツポツと、ミヅキはつぶやいた。
私がいなくなってもミヅキは大丈夫だよ。とってもステキな笑顔をあなたはもっているでしょう? 皆があなたを助けてくれる。でも、もらうだけじゃダメだよ。もらった分はお返しをしなくちゃ。あなたの笑顔は、悲しんでいる人を助けることもできるの。だから、ひとりぼっちでさみしそうにしてるお友達にむけてあげて。そうしたらその子は、とってもうれしいはずだよ。
「……ってね。えへへへ、せっかくのクリスマスパーティなのに、なんだかさみしい話になっちゃったよね、ゴメン。えーっと、ユキト君は、その」
ミヅキは指をいじいじとからませながら、ぼくのほうを上目遣いでみあげた。
「お母さんのこと……好きだった?」
「ぼくは」
キッチンのほうから、甲高い悲鳴がきこえた。
すると、白羽さんが顔を真っ青にして、もどってきた。
「お嬢様、まことに申し訳ありません。そういえば今日、妹が遊びにきたものですから、その……」
白羽さんの妹はどこかの女子学院のお嬢様のメイドをしているらしいが、今日は休みで、遊びにきたらしい。その時に、クリスマスケーキをふるまったのだとか。
とても食いしん坊の妹さんらしく、よろこぶ顔がみたくて、つい、白羽さんはケーキすべてをたべさせたらしい。
「すんませんした!」
白羽さんは頭をさげた。上半身を折った角度が、ものすごくキレイな直角で、きっと、白羽さんは謝罪のプロなんだとおもった。
「白羽。来月の給料なしね」
「エ……本当ですか。それは、どうかご勘弁を」
「パパにいうわよ?」
「……」
「早く車をだして。ユキト君、ごめんね。今からケーキ屋さんにいきましょう。夜十時まで開いていて、店内でケーキをたべられるケーキレストランがあるの。まだ七時だし、そこでケーキを買ってたべよう」
ミヅキはジャンパーをきこむと、髪を整えにいった。
「ユキト君は去年のクリスマスはなにたべた?」
店のショーケースにならぶケーキをながめながら、ミヅキははしゃいでいた。
「桜の作った、ホットケーキ」
「へぇ~、ホットケーキもおいしいよね、じゃあパンケーキにする? ア、みてみて、このパンケーキ、クリームいっぱいのってて、とってもおいしそうだよ。チョコもいいけど、イチゴもいいよね。どれが好き?」
クリスマスソングが鳴りひびくなかで、なにか、冷たいものを背にかんじた。
店の窓のむこうで、あやしげな影が電柱にひそんでいた。
「ミヅキ、ぼく、用事をおもいだした」
「え、ウソ。帰っちゃうの」
「また、学校で」
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