空っぽランドセル

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「あなたがミヅキのストーカー?」  電柱にひそんでいた男は、ヒョロヒョロとしていて、たしかにミヅキのいうとおり、カマキリににていた。冬眠へとにげおくれたカマキリに、この寒い冬の夜は、生きずらいのか、死にそうなほどに、顔は青かった。  黒レンズの眼鏡をかけ、白いマスクで口元をかくし、茶色のコートをきていた。 「オマエ……聖女様のなんなの?」  電柱のうえから、紫色の外灯が灯り、ぼくたちの息を光らせた。 「ぼくはユキト。あなたの仲間です」  ミヅキとあうチャンスを作ってあげる。  そういうと、男はしばらく黙っていたけど、ついてこいと歩きだした。  男の名前はシーカーというらしい。  シーカーさんのお仕事は、ミヅキを守ることだった。(警察官? とたずねたけど、警察というのは、実は悪いヤツらしく、シーカーさんの敵なんだとか)  だから、シーカーさんはミヅキと接触の機会をうかがっていた。だけど、車で登下校をするようになったから、手出しができずに困っているようだった。  ぼくにとってミヅキはクラスメイトだけど、シーカーさんにとってはちがうようだ。 「彼女はミヅキなんて名前ではない。聖女様だ。聖女様は、人間ではないよ」  シーカーさんはミヅキのことを聖女様とよぶ。 「罪滅ぼしの瞳をもっているからね」  この世には、人にみつかるだけで殺害されてしまう生き物がいる。  たとえば、山から下りてきて人に危害をくわえるクマだったり、針で攻撃をしかけてくる蜂だったり、畑を荒らすイノシシだったり。  そしてそれは、人間もだ。 「人はだれもが他者を殺したい欲望をもっている。たとえるなら薬缶に入った、とても熱いお湯のようなものさ。普段はなにくわぬ顔でそこに入っているのに、ひとたびあふれ出し柔肌にふりかかると、相手を傷つける……。そんな凶器をつねにかかえて、獲物を殺そうとしている俺たちも害獣とおなじだよ」 「だから本当なら、人間だって駆除される運命にある」とシーカーさんは、両手を鳥のように空にかかげながら、熱く語った。 「しかし、聖女様は人間ではない。そして、駆除されるべき我々をお許しくださる、唯一無二の存在だ。罪深き人間の浅はかな欲望を浄化する、罪滅ぼしの瞳をもっているからね」  瞳とは目のおくの光のことだ。保健の教科書に書いてあった。埃が入れば涙がでるし、かなしくても涙がでて、エンピツがつき刺されば、とても光り、血がでる。 「罪滅ぼしの瞳は、天界から送られてきた聖女様がもつ特別な瞳なんだよ。人が生まれながらにしてもっている罪を、唯一洗い流してくれる、神器だ。俺も彼女の瞳をみなければ、もうたくさんの人を殺していただろうな」  月乃さんのガラスの目玉から、涙はでるのだろうか。  今日は、月のない夜だから、屋上のブランコにはだれもいなくて、すこしだけふく風に、ブランコの鎖は、キィキィ、ひとりぼっちのネズミのように、さみしく鳴いている……はずだ。遊び相手の、月乃さんがいないんだから。 「オマエ、絶滅危惧種という動物をしっている?」  シーカーさんが急に立ち止まったため、ぼくは彼のお尻のあたりに顔をぶつけた。 「存続が危ぶまれる動物たちのことで、人の手で保護し、絶滅しないように尽力するんだ。わかっているか? 今、聖女様がとても危険な状況であること」 「ミヅキが危険? 病気なのかな」 「汚れてしまう、汚れてしまう。……汚い人間たちによって、神聖なる聖女様のあのお瞳が汚されてしまうのだ。だから、俺はこの仕事を選んだんだ。聖女様をこの世の汚れから守るための保護員としての役目だ」  きづけば学校ちかくにまできていた。目のまえには、ボロボロで汚れている、けれどとってもおおきな、コンクリート造りのマンションがあった。シーカーさんがなかに入っていく。ぼくもつづいた。  マンションは人が集まる場所のはずだけど、音もせず、どこも真っ暗で、人の気配もなかった。湿った匂いと、腐った匂いがただよっていて、とっても巨大な、死んだ亀みたいだ。 「皆、俺に与えられた任務の重さにきづかずに、バカにしてきたよ。どこの会社も俺の履歴書を鼻で笑い、役立たず呼ばわり。でも、いいんだ。俺の仕事は聖女様を守ることだからさ。ほかの仕事なんかどうでもいい」 「ぼくの父さんはハケンって仕事をしているんだよ」 「ゴミだな。俺のオヤジは不動産会社のお偉いさん。スケベで、ガサツで、頭も悪いんだけどさ、金はあるからこのマンションの家賃全部だしてくれてるよ」  エレベーターをつかって、ぼくたちは空にむかってのぼっていった。たどりついた場所は、空に近い場所で、どうやらいちばん上の階、十階の一室だった。  鍵をさしこんで、ギィとシーカーさんは扉をあけた。  部屋の灯りをつけると、狭い畳の部屋の壁には、たくさんミヅキがいた。笑顔だったり、すこし大人っぽい表情をしていたり、オシャレな服で壁にもたれていたり、いろんなミヅキがいた。  だけどそれはミヅキではなかった。ミヅキの写真だった。それぞれ大きくして、壁に貼りつけているみたいだった。  シーカーさんはそのうちの一枚のまえに正座をすると、なにか小声でぶつぶついったあと、畳に両手をついて、深く深く頭をさげた。  ちゃぶ台のうえに、たくさん雑誌が置いてある。  これは、ミヅキのお仕事の雑誌で、彼女の写真が載っているのだ。  きづけばシーカーさんはたっていて、窓にかかった黒いカーテンを開いた。 「就活の時からこのマンションには目をつけていた。ここからなら、聖女様の監視をすることができるからね」  窓のむこうには、屋上に大樹を生やした、小学校があった。
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