5人が本棚に入れています
本棚に追加
ミヅキの仕事は、隣町でおこなっている、ジュニアアイドルのことだった。
ミヅキは五年の時に芸能事務所にスカウトされた。それからは放課後、時々、仕事のために隣町まで電車でむかう。
隣町についたら、お迎えの車がくるらしい。
今日は、ちいさな雑誌用の写真を撮影するのだという。
ミヅキはだれかにつけられているようだった。
背後の電柱柱から、つめたい視線をかんじた。
すぐそばに田んぼがあるだけのさみしい道だった。
夕陽はかたむいていて、もう夜がちかかったから、どうやらその人は、薄い闇のなかにかくれて、ぼくとミヅキのあとをつけているのだった。
「パパにたのんで警察に連絡してもらうから」
ミヅキは防犯ブザーをにぎりしめて、ちいさな声でつぶやいた。
「ごめんね。だから今日だけ」
アイドルというのも大変だな。
「今までもこんなことあったの」
「ンー。へんな手紙が事務所にとどいたりしたことはあったけど。実際に目のまえでイタズラされるのは初めてかも」
駅にちかづくにつれて、人がふえてきた。
背後にかんじた視線は、どこかにいってしまった。
さすがに人通りが多いところでは、追いかけてこないらしい。
「ありがとう。ちょっと待ってて」
ミヅキはコンビニに入ると、なにか茶色のものが入った袋を二つ買って、もどってきた。
「これ。今日のお礼。温かいうちにたべたほうがおいしいよ」
ぬくもりがあったけど、それは茶色のなにかで、桜の焼く食パンのほうがおいしそうにみえた。だんだん、タワシにみえてきた。トゲがいっぱいついた、ハリネズミみたいなタワシ。グルグルグルグル、目が回っている。ミヅキはホクホクと熱そうにしながら、そのタワシみたいなやつをたべた。
「どうしたの? コロッケ好きじゃなかった?」
「大丈夫? 口のなか痛くない?」
「エ? 私、虫歯ないんだよ? えへへへ、アイドルは歯が大事ですから。歯磨きをがんばっているのです」
よくわからなかったけど、ぼくはその茶色のものをたべることにした。
タワシは二年の時にたべようとしたけど、口のなかからいっぱい血がでてきたから、やめたんだった。
だけど、そのタワシは、まぁ噛むことはできた。
ネズミのように暴れることもなく、血も出さず、だが、桜の右手のほうがおいしく、甘さがあり、新鮮だった。
「まだ電車がくるまで時間あるなぁ」
なにか話してといわれたので、ぼくは月乃さんのうしろにいる、白いバケモノの話をした。
「う、うん……? え、えっと、それは、ユキト君が今みているアニメの話?」
「アイツはマンホールくらいにおおきな口をもっていて、とってもブキミな見た目をしているんだ。きっと、あの口をつかって、皆の体をたべようとしているんだよ」
「アハハハ。ユキト君、それきっと夢のなかの話だよ?」
「夢」
「そう。ユキト君は授業中に居眠りして、きっとよくない夢をみているんだよ」
「ぼく、もう一週間寝てないんだ」
「エ、ほんとう?」
とおくで、踏切が鳴っている。
カンカンカンカン。赤色の光が、光って、消えて、ミヅキはの顔も、赤く光って、黒くなって。
彼女の目が、夜にきえている。
「それ大変だよ。親にいって病院にいったほうがいいよ」
「親? 父さんのこと?」
「うん。ユキト君の家、たしかお母さん、いないんだよね」
なんでしっている?
とおもったけど、ぼくの母さんがマンションの屋上から飛び下りた話は、学校中にしれわたっていた。
ぼくがだまると、ミヅキはハと息をのんだ。
「ごめん。おもいだしたくなかったよね」
「エ? いや、べつに」
「ううん。気持ちはわかるよ」
ミヅキは目をほそめると、うつむいた。
「お母さんがいない気持ちは、わかるよ」
電車がきたようだ。
ミヅキはあわてた様子で「じゃあね」と手をふって駅の中へきえた。
最初のコメントを投稿しよう!