空っぽランドセル

4/29
前へ
/30ページ
次へ
 ミヅキの仕事は、隣町でおこなっている、ジュニアアイドルのことだった。  ミヅキは五年の時に芸能事務所にスカウトされた。それからは放課後、時々、仕事のために隣町まで電車でむかう。  隣町についたら、お迎えの車がくるらしい。  今日は、ちいさな雑誌用の写真を撮影するのだという。  ミヅキはだれかにつけられているようだった。  背後の電柱柱から、つめたい視線をかんじた。  すぐそばに田んぼがあるだけのさみしい道だった。  夕陽はかたむいていて、もう夜がちかかったから、どうやらその人は、薄い闇のなかにかくれて、ぼくとミヅキのあとをつけているのだった。 「パパにたのんで警察に連絡してもらうから」  ミヅキは防犯ブザーをにぎりしめて、ちいさな声でつぶやいた。 「ごめんね。だから今日だけ」  アイドルというのも大変だな。 「今までもこんなことあったの」 「ンー。へんな手紙が事務所にとどいたりしたことはあったけど。実際に目のまえでイタズラされるのは初めてかも」  駅にちかづくにつれて、人がふえてきた。  背後にかんじた視線は、どこかにいってしまった。  さすがに人通りが多いところでは、追いかけてこないらしい。 「ありがとう。ちょっと待ってて」  ミヅキはコンビニに入ると、なにか茶色のものが入った袋を二つ買って、もどってきた。 「これ。今日のお礼。温かいうちにたべたほうがおいしいよ」  ぬくもりがあったけど、それは茶色のなにかで、桜の焼く食パンのほうがおいしそうにみえた。だんだん、タワシにみえてきた。トゲがいっぱいついた、ハリネズミみたいなタワシ。グルグルグルグル、目が回っている。ミヅキはホクホクと熱そうにしながら、そのタワシみたいなやつをたべた。 「どうしたの? コロッケ好きじゃなかった?」 「大丈夫? 口のなか痛くない?」 「エ? 私、虫歯ないんだよ? えへへへ、アイドルは歯が大事ですから。歯磨きをがんばっているのです」  よくわからなかったけど、ぼくはその茶色のものをたべることにした。  タワシは二年の時にたべようとしたけど、口のなかからいっぱい血がでてきたから、やめたんだった。  だけど、そのタワシは、まぁ噛むことはできた。  ネズミのように暴れることもなく、血も出さず、だが、桜の右手のほうがおいしく、甘さがあり、新鮮だった。 「まだ電車がくるまで時間あるなぁ」  なにか話してといわれたので、ぼくは月乃さんのうしろにいる、白いバケモノの話をした。 「う、うん……? え、えっと、それは、ユキト君が今みているアニメの話?」 「アイツはマンホールくらいにおおきな口をもっていて、とってもブキミな見た目をしているんだ。きっと、あの口をつかって、皆の体をたべようとしているんだよ」 「アハハハ。ユキト君、それきっと夢のなかの話だよ?」 「夢」 「そう。ユキト君は授業中に居眠りして、きっとよくない夢をみているんだよ」 「ぼく、もう一週間寝てないんだ」 「エ、ほんとう?」  とおくで、踏切が鳴っている。  カンカンカンカン。赤色の光が、光って、消えて、ミヅキはの顔も、赤く光って、黒くなって。  彼女の目が、夜にきえている。 「それ大変だよ。親にいって病院にいったほうがいいよ」 「親? 父さんのこと?」 「うん。ユキト君の家、たしかお母さん、いないんだよね」  なんでしっている?  とおもったけど、ぼくの母さんがマンションの屋上から飛び下りた話は、学校中にしれわたっていた。  ぼくがだまると、ミヅキはハと息をのんだ。 「ごめん。おもいだしたくなかったよね」 「エ? いや、べつに」 「ううん。気持ちはわかるよ」  ミヅキは目をほそめると、うつむいた。 「お母さんがいない気持ちは、わかるよ」  電車がきたようだ。  ミヅキはあわてた様子で「じゃあね」と手をふって駅の中へきえた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加