エピローグ

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エピローグ

「未菜、真菜、行くわよ」 玄関前で母親が叫んでいる。 「はーい!」 未菜と真菜は同時に返事をしていた。自分の声よりも少し幼い妹の声が重なる。それだけで嬉しさが込み上げてきた。 それでも、たった一年半過ごしたこの家にもう戻ることはないのだと思うと、少し胸が痛む。未菜は最後に全ての部屋を回った。大型の家具は全部引越しのトラックに積まれ、未菜は自分の教科書や本、雑貨をリュックサックとトランクに詰め終えていた。殺風景な白い壁に、いくつか傷を残してしまったフローリングの床。家具がない部屋は妙に広々としていた。 「お姉ちゃん、行くよ」 「うん」 先に一階に下りていった真菜が言う。真菜はこの家に数ヶ月しかいなかった。思い出も未菜よりずっと少ない。 あの夜から数週間後、一月上旬のお正月気分が抜けない時期に、突如病院から電話がかかってきた。ちょうど未菜は学校の授業中で、事務の先生が教室に駆け込んできて、村川さん、と呼ばれた。何事かと知らされる前に帰る用意を整えて早退すると、門の前に父の車が横付けされていた。 「未菜、早く乗って」 後部座席には母もいた。父はスーツ姿、母は部屋着だ。二人とも心ここにあらずというような落ち着かない面持ちでただ前を向いている。未菜は何があったのかと聞くことも忘れてとりあえず車に乗り込んだ。 発車して数分たった頃だった。深呼吸した父が、運転席から静かに告げた。 「真菜が……目覚めたそうだ」 そして今、未菜の目の前に真菜はいる。 三年間寝たきりで意識を失っていたが、自分の名前や家族など、永久的な記憶は留まっていた。医師や看護師は、その突然の回復に驚きを見せながらも両親と共に歓喜した。ただ、真菜は二ヶ月間病院に入院しながらリハビリを行い、今は何とか生活できるくらいの筋力を取り戻していた。三月も半ばを過ぎた頃だった。未菜の卒業式前日に、真菜は家へ帰ってきたのだ。 それと同時に、もう一つ大きな出来事があった。父の転勤だった。 「そんな急に」と母は言った。かもしれないとは半年前くらいから言われ続けていたが、まさか本当にそうなるとは未菜も予想していなかった。
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