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「でも、未菜も中学に上がるところだし、真菜も帰ってきたから、時期的にはちょうどいいんじゃないか」と父は言った。引越し先はK県某所の住宅街のマンションに決まった。3LDKでベランダからの眺望も良い物件だった。
きりがいいとはいえ、未菜の学校のほとんどの人は同じ中学に入るはずだった。それは、由香里たちとの別れも意味していた。
卒業式の一週間前、未菜はクラスメイトに転校することを告げた。
思っていたよりたくさんの人が、未菜に手紙をくれたり、遊びに誘ってくれたりした。こんなふうにたくさんの人に支えられていたんだと実感した瞬間だった。ただその頃の未菜は真菜のことが気がかりで、その全てに応えることはできなかったけど。
実際、由香里は今日も玄関前で未菜を見送りに来てくれていた。由香里はさっきからずっとしゃくり上げるように泣いているが、未菜は泣くほどではなかった。悲しみの大きさはおそらく由香里と同じくらいなのだが、一度転校を経験している未菜は、笑顔で由香里を慰めることができる。その悲しみを隠してまでも。
「ゆかちゃん……泣かないでよ。連絡先だって交換したし……また遊べるよ」
「未菜ちゃん……でもっ」
「ずっと友達だよ」
未菜はそう言って由香里を抱きしめる。由香里のハンカチはかなり湿っていた。母が困ったように笑っている、と思ったら、なんとなく目が赤い。涙もろい父はすでにもらい泣きしかけ、車内に乗り込んでいた。
「じゃあそろそろ……」
と言いづらそうに母が切り出した頃には、外は夕方の空気に包まれていた。
「……じゃあね」
未菜が由香里の両手を握ってうなずくと、由香里はやっとふっきれたように笑った。
「またね」
再び会えるのが、また明日であるかのように。未菜は由香里の手を離す。車に乗り込む。後ろの窓から外を見ると、由香里が手をちぎれんばかりに振っている。未菜は振り返す。真菜だけが不思議そうに窓の外を見ていた。
「行くぞ」
かすれた父の声。同時にエンジンがかかる。誰かが鼻を啜る音が聞こえる。車がゆっくりと発車していく。由香里の姿がみるみる小さくなっていく。それでもずっと、手を振ってくれていることだけはわかった。
その角が、最後だった。
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