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大通りに入り、いつしかその雑踏に塗れ、別れは幕を閉じた。
それからだった。何かきっかけがあったわけでもないのに、涙が勝手に溢れてきた。止めようとも止められない。息を殺して肩を震わせていると、そっと未菜の手が握られた。
真菜の手だ。
それはちゃんと、生きた重みがあった。今まで夢のようとしか思えなかった真菜の存在が、このときばかりはしっかりと現実として、確信を持って、未菜の心に落ちてきた。
☆
寄っていきたいところがある、と言ったのは未菜だった。時間はあるから大丈夫、と母が了承し、車は一旦ルートを外れた。この山道を辿るのは、実は二度目だ。しかしその記憶は曖昧だった。
「ここを右です」というナビに従うと、開けた場所に出た。そして目の前に天文館が現れる。広い駐車場には、車はほとんどない。もうすぐ閉館時間なのだろうか。
「着いたぞ」
まだ涙の跡が残った表情で、父は言った。未菜は何も持たずに車を降りる。反対側に回り、真菜の降りる手伝いをする。天文館までの緩やかな坂道を登りながら、未菜は真菜に「覚えてる?」と聞いてみた。
真菜は自分が三年間意識を失っていたことは事実として卒なく受け止めていた。まだ幼さの残る面持ちで、真菜は「なんとなく」と答えた。
玄関では館長が閉館の準備をしているところだったが、未菜たち家族の姿を見とめると「これはこれは……」と頭を下げた。数ヶ月前より痩せて、髪も少し薄くなったように見えた。それからあの、人を威圧するような視線はいつしか消えていた。
「お久しぶりです」
気まずさの壁を取り払うように、未菜の母は言う。館長───広人の父親は、静かに目を伏せた。その目があの人によく似ていた。
「あ、ピアノだ!」
無邪気に、真菜は言う。それから両親が黙っているのを見ると、すぐにピアノの前に座った。どうやらここで以前もピアノを弾いたことは覚えていないらしかった。いいですか、と許可を取る前に、館長は黙ってうなずいた。
すぐに演奏は始まる。真菜はリハビリも兼ねて、いや本人が自分の意思で、家に戻ってからも毎日のようにずっとピアノを弾いていた。初めは思うように指が回らなかったりしたらしいが、さすが元から上手かった真菜である、数日もすれば元の状態へほぼ戻りつつあった。
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