エピローグ

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冒頭から、その美しい旋律を奏でる。 曲はドビュッシーの「月の光」。 ただ未菜は、その演奏を聴かずともしたいことがあって、ここに連れてきてもらっていた。広人の父親に「行ってもいいですか」と聞くと、全てを理解したのか、すぐに「もちろんだ」との返事が返ってくる。 未菜の父は広人の父親と何か話をしている。磁気嵐、という言葉に思わず体が反応した。まさに入れ違いになるように───オーロラと共に、広人は未菜の前から消え、真菜は未菜の前へ現れた。その事実に胸が痛い。痛いどころではない。あまりの痛みに未菜は三日ほど学校を休んだ。 階段を上り二階へ着く。立ち入り禁止の看板は以前と全く変わらない。曲調の変化に合わせて静かになった口調で、ご愁傷さまですと言う父の声が聞こえた気がした。 ───ねえ、広人くん。 未菜はついに走り出した。扉の中に入ると空気は一転し、華やかなピアノの音とは切り離される。 ───待ってて。今、返事を受け取りに行くから。 あの夜、未菜は広人の体温が失われるギリギリまで抱きしめていた。それがだんだん恐怖に変わっていった頃、広人の父親が飛び込んできたのだ。 病室をあとにした未菜は虚な目で階段を下りた。自分の役目は終わったと、高鳴る心臓を落ち着かせながら病院の外へ出ると、母がちょうど来ていて、未菜を連れ戻そうと病院に入ろうとしていたところだった。 結局はひどく叱られたけど。後になってあちこちから知らされる真実に、さすがに何も言えなくなってしまったようだった。 あの磁気嵐による停電は二日ほど続いた。それはライフラインが途絶えた生活など経験したこともないような未菜にとっては苦痛の二日間だったが、広人と別れた瞬間と比べれば、かすり傷にも満たないほどの痛みしか感じなかった。あとで聞いたところ、世界的に見れば経済的損失は何千万円にも上ったとのことだったが、未菜にはほとんど関係のない話だった。 螺旋階段が見えてくる。あのときの記憶と綺麗に重なる。手すりが若干錆びているような気がした。 ポケットの中のお守りを、階段の上り口で確かめた。実はこのお守りは、一度広人の手に渡って、再びこうして未菜の元に帰ってきたのだ。あの夜からちょうど一ヶ月ほど経った二月の初め、広人の母親が家を直接訪ねてきて、未菜に手渡したものだった。 「広人はちゃんと受け取ったはずだから。形見だと思ってあなたが持っておいて」 あのお守りを買った直後、友達との関係が崩れたうえ風邪で欠席した日、封筒に走らせた文字は今やかすれている。
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