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「ルークスと言ったか。あの光の神子の方はどうなっている?」
デセーオは斬られた右肩の手当を受けながら、地下牢に繋がれたシンから目を離さず、報告を受ける。
「は、それが炎の部族が邪魔をいたしまして、苦戦しております。奴らの村に光の神子達が兵を集めたようで…」
「そうか。そこを拠点にこちらを攻めるつもりか…。私が出ていった方が早いな。彼の事は一旦、置いておこう。どうせ近いうちに手に入る…。目覚めはもうすぐだ」
デセーオは自らの手を地下牢の薄明かりにかざし、暗い笑みを浮かべる。
その指先に黒い炎が揺らいで見えたのは気のせいではないはず。
虚ろな眼差しでシンはそれを眺めていた。
闇の覚醒が近いと言う事か。
すでにその為の力は十分蓄えてきたのだろう。デセーオは配下の者に目を向けると。
「今から光の館に向かう。奴らの裏をかいてやろう。こいつはここへ捨てておけ。攻め入った光の神子が処分するだろう。いや。その前に消滅するか…」
ニヤリと冷たい笑みを浮かべて見せたあと、包帯を巻かれた肩をローブの下に隠し、踵を返し地下牢を出ていった。
命令を受けた配下の者がシンの手枷を外すと、途端にその場へ崩れる様に蹲った。
「こいつには構うな。どうせ闇に食われる。巻き添えを食わない内に行くぞ」
足音が去っていく。
足元には自らの血だまりが出来ていた。鞭やナイフでつけられた傷は一つや二つではない。意識はあるかないか。
アルドルの命により、この屋敷の傍まで連れて来られ開放された。その時点でかなり痛めつけられてはいたが。
それでも、逃げようと思えばできただろう。デセーオの配下の者の腕など、たかが知れている。
しかし、逃げなかった。
捕らえようとした手下を斬り捨て、屋敷に飛び込むと、自室で休んでいたデセーオに有無を言わさず斬りかかったのだ。
一太刀は右肩へと浴びせられたものの、あとは闇の力によって弾かれた。
その後、捕らえられ地下へと繋がれ、デセーオに闇を植え付けられ、今に至る。
出入口に見張りも立てていかなかった。
そうだろう。植え付けられた闇は、なんの手を打たなくとも、徐々に身体を浸食し、内側から食らっていく。
それは想像を超える激痛を与えるはず。
デセーオはこの屋敷内でそうして幾つもの命を奪ってきた。
今も彼らの断末魔の声が耳に残る。逃げ出そうとした下僕を消した時もそうだ。
気に入って手元においていたが、その残忍さに下僕が逃げ出したのだ。
下僕は闇に囚われながらも屋敷の外へ逃げ出したがそこで力尽き。それを、アルドルが見たのだろう。
闇に呑まれる中、必死に伸ばした、その手が苦痛を物語っていた。
後を追ったシンはただ、そこに佇んで呆然と見つめる事しかできなかった。
ああなれば、助けることなど不可能だ。
それが、今自分自身の中にある。
これで、俺は滅びるのか…。
まだ苦痛は訪れていない。だが、やってくるのは確実に分かっていた。
もう、人には戻れない。
デセーオに闇を植え付けられた闇の神子は、その力も得る代わりに闇に呑まれる。
ごく普通の人間なら闇に直ぐに呑まれるが、ある程度の力がある者、闇の神子に選ばれる者なら、闇に侵されつつも、分け与えられた力を操ることができるのだ。
その代わり、徐々に闇に染まり自我を失っていく。失ったあとはデセーオの操り人形となり、人を襲う獣と化すのだ。
元々、闇の色を持つと言うだけで、シン自身はその身に闇を負っていなかった。
他の配下の者たちは、力を得るためデセーオから闇の力を分け与えてもらっていたが、それなりに剣術の腕前をもつシンには必要を感じなかったからだ。
闇に染まるのは、この髪だけでいい。
そう思っていた。
だが、今。自由を奪われ、デセーオから闇を植え付けられた。
この闇は強い。気を確かに持たねば、直ぐに呑まれるのが感覚的に分かった。
このままでいれば、闇と化した自分は、いずれ乗り込んでくる光の神子に消されるだろう。
それが、ルークスだったなら。
本望だと思う反面、彼にこんな姿を見せたくは無かった。闇に侵され、闇そのものになる。
自我を無くし狂う自分など見せたくなかった。まして、彼に襲い掛かるなど、考えられない。
せめて、デセーオに一太刀浴びせられたのが、救いだが。
それも致命傷にはなってはいない。
死ぬ前に、せめてデセーオをこの手で。
それが、滅びる前、今の自分がルークスにしてやれる事だった。
「ルークス…」
初めて見た時、光そのものが、人の形をしてそこにいるのかと思った。
暗い森に湧く一筋の光り。目を離すことが出来なかった。暗い自分の心の中に、救いの光が訪れたようで。
最後に触れた唇の熱を思い起こす。
闇に侵された今、もう、触れることは敵わない。触れあえば、互いを傷つける。
それなら、せめて彼の為、闇のおおもとであるデセーオを滅ぼしたかった。
まだ、闇の力は完全に復活はしていない。
それはデセーオの身体を媒体に増殖している状態だ。
今、そのデセーオを倒せば、それは宿主を無くし消滅するしかない。
デセーオが完全に闇と同化する前に行わねばならなかった。
そう考えていた矢先、内側にチリと焼け付く様な痛みを感じた。闇の侵食が始まったらしい。
「く…っ」
闇の神子が、闇に食われるとは…。
痛めつけられた身体は相当痛んではいたが、これくらいで根を上げるようには出来ていない。
ただ、闇の力が与える苦痛は根をあげたくなる。
これ以上、内側の痛みの訪れない内に、デセーオに追いつきたかった。
震える身体を起こし、なんとか立ち上がる。と、そこへ犬の吠える声が聞こえた。
「ノヴァ…」
その口に剣の入った袋を咥えている。
シンがその袋を受け取ると、ノヴァは切なげな声を上げて額をこすりつけてきた。
主人の身体が闇に侵されていようと構わないらしい。その鼻面を撫でる。
「大丈夫だ…。だがもう、ここへは戻って来るな。ノヴァ、お前は賢い。新しい主をみつけろ」
しかし、ノヴァはクンクンと鼻で鳴きながら、シンの手に額を擦りつけてくる。離れるつもりはないらしい。
「仕方ない。途中までだ…」
シンは剣を支えに、そこへ立ち上がると、厩に繋がれた愛馬に跨り、ノヴァと共にそこを後にした。
デセーオを追って光の館まで来ると、俄に騒がしくなっていた。
闇の神子の姿も見えるが、それらと相対している兵がいたのだ。
光の館にこれほど兵が残っていたとは。
てっきりオレオルがそのほとんどを闇の館へ差し向けたと思っていたのだが。
あれは──。
胸当ての紋章はこの地方を治める領主のものだった。中心に立って、勇ましく声を上げ、激を飛ばす者がいる。
濃い茶色の髪に蒼い瞳。
容姿や体躯は違うのに、凛としたその様が彼の人を彷彿とさせた。
「引くな! 館を守れ! これ以上、入らせるな!」
光の神子でも下の者と思われる者たちが立ち向かっているが、兵の様にはいかないらしい。
手間取った所を闇の神子が襲う。
それを蒼い瞳の青年が、素早く対応し斬り倒した。
「神子は中へ! 手出しは無用! ここより広間に向かえ! 闇の神子の本体はそちらだ!」
本体?
ハッとして、慌ただしく中へかけていく神子に目を向ける。
もしや、デセーオか?
「ノヴァ、お前はここで馬と待て!」
馬をひと目につかない安全な木陰へ隠すと、指示を出し一人館へと向かった。
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