第3話 闇の気配

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 敷地の殆どは深い森に包まれていた。  そこをシンと共に調査する。  と言っても実際調べるのはルークスのみで、シンはその後をついて回る程度。時折、道の指示やどういった場所かを教えてくれる。  監視のためなのだろうが、何故かシンからはその気配がなかった。 「シンはどうしてデセーオの元へ?」  茂みの先、アルドルが闇を見たという場所へ向かいながら、シンを振り返る。  気にはなっていた。デセーオが闇の神子なら、このシンもそういうことになる。しかし、シンからはそういった気配が感じられなかったのだ。  何かを抱えてはいそうだが、それはドス黒い人を陥れる様な闇ではなく、何か傷を負っているようなそんな闇だ。  その理由を知るため、軽く話しを振って見たのだが。シンは小さく息を漏らしたあと。 「他に生きる道がなかった…。生まれつきのこの髪だ。デセーオの様な者の下にしか居場所はなかった」  その眼差しは暗く闇の色を帯びる。  確かに黒髪は疎まれる。疎まれるがため、彼らは結局、闇に落ちるしかないのだと、光の神子の修養で教わった。  闇の神子。自分とは相対する存在。けれど、この男には何か共通するものを感じる。  シンはポツリポツリと語り出した。 「生まれてすぐ親に捨てられ、孤児院で育った。…もしかしたら、俺は突然変異だったのかもしれない。黒髪は忌み嫌われる…」  軽くかき上げて見せたその髪は、漆黒で艶のめいて見えた。綺麗だと素直に思った。シンは続ける。 「成人したはいいが、まともな職などない。剣術が少しばかり出来たお陰で、剣の腕を見込まれ、用心棒の様な仕事をしてきた。汚れた仕事だ…。言われるままに人を始末もしてきた。そうして行き着いた先が、デセーオだった。奴は俺の様に汚れた仕事をする人間を集めていたんだ。心が荒んだ者ばかり。自分の思い通りに動く、そんな人間だ」  そこでルークスは堪らず言葉を挟む。 「シン。君は自分が言うほど、汚れてなどいない。荒んでいるとも…」 「あなたにそう言われると、お世辞でも嬉しい。あなたは? 自分を汚れていると言ったが…。話したくなければ話さなくていい」  シンはキッパリと口にするが、ルークスは首を振ると苦笑いを浮かべ。 「君にだけ話させて、それはない」 「いいのか?」  ルークスは頷いて見せると。 「私も似たようなものだ。この金色の髪は突然変異だ。両親も弟も共に濃い栗色の髪。幼い頃、家計を助けるため働きに出ていた農園で、地主に目をつけられた。…私は、外見だけはひと目を惹くらしい。その地主は俺を正式に養子に迎え入れ、自分の息子として光の館に申し入れたんだ。俺はそこで修養し光の神子として認められた…。あの時は嬉しかった。漸く人として認められた気がして…」  当時を思い出し、笑みを零す。光の神子としてこれからだった。 「そこで、とある人物に出会った。彼も光の神子で…俺に元々興味があったらしい。それで、隙をついて奴の好きにされた…」  金色の髪に紫の瞳。そこになんの感情も見いだせなかった。冷たい手。唇。行為。 「…俺も甘かったんだ。相手がどんな人物か分かっていたと言うのに…。シンは俺を綺麗だと言ったが、それは上辺だけだ。中身はすっかり汚れている…」  苦い笑みを浮かべる。  オレオルの腕の中で、どれだけ醜態を晒したのか。どんなに感じまいと歯を食いしばっても、結局、オレオルの手練手管に翻弄され、喘いだのは事実だ。  今、思い出してもおぞましく、腹立たしい。  愛情など生まれる様な行為では無かった。  ただ、酷い苦痛と、それに相反した快楽とに挟まれ。行為の最中、早く意識を手放したいと思った。  しかし、こんな事を何故この男に話しているのか。シンにしてみれば、他人の痴情など聞きたくもないだろう。 「…そんな事はない」 「シン?」  思いもしなかった言葉に顔をあげる。 「汚れてなどいない。むしろ汚れているのは、あなたに手を出した者だ。あなたは、綺麗なままだ…」 「フフ…。君に言われるとそんな気がしてくる。他の人に言われたなら、知りもしないくせにと言いたい所だが──」  それは、いつかオレオルに言ったセリフだった。するとシンはムキになってルークスの手首を掴み。 「本当だ。あなたは綺麗だ」 「……」  ルークスはシンを見つめ返す。  なぜだろう。この男に見つめられると、バカみたいに胸が高鳴って、目が離せなくなる。 「君は…真っ直ぐだな。いいだろう。そう言う事にしておく」  俯いて笑みを浮かべた。 「…信じてないな?」 「そんな事はない。君に言われて嬉しかった。あんな事を聞かされて、軽蔑されるかと──」 「しない」  眼差しは、熱く真剣だった。  先程から手首を掴んだまま離さない。その手を振り解こうとも思わなかった。  ただ、見つめ合う。それだけで体温が上昇し、息が上がる。 「シン…。俺は──」  と、そこで不意に傍らの茂みが揺れた。ハッとしてそちらに顔を向ける。  誰かいるのか?  しかし、そこから飛び出して来たのは、真っ黒な艶のある毛並みの犬だった。 「ノヴァ!」 「っ!」  真っ直ぐルークス目掛け飛び掛かってきた。身体に飛びつかれ、以前と同じく地面に倒されると、顔を舐められる。 「止めるんだ! 離れろ!」  シンが必死に首輪を掴み、引き離そうとした。ようやく離れた所で、息をつき身体についた草を払い起き上がる。 「気に入られた様だな?」 「すまない。繋いでおいたんだが──」  シンは両腕でその身体を引き留めている。少しでも力を抜けば、また飛びかかって来そうだった。 「ここの探索はここまでにしておこう。…闇の気配はない」  アルドルが見たという闇の気配はそこになかった。建物の石壁と、茂った草木があるばかり。  闇に呑まれる人間を見たと言ったが。  残り香はない。僅かな痕でもあれば辿る事が出来るのだが。  その後、シンと共に二日かけて屋敷の隅々、敷地内まで確認したが、これといって闇の気配は感じられなかった。  唯一、探索できなかった主人の部屋も、後日、主人が不在中なるため、その時に確認していいと許可が下りた。  俺に探られても何もでてこない、と言う事だな。  明日までが期限だ。それで何も見つからなければ、一旦、引き上げた方がいいだろう。  アルドルが見たのは、敷地内で渦巻く竜巻のような闇だったという。  まるでつむじ風の様に、闇がうごめいたとか。なぜ、そんな場面に出くわしたのか。闇の神子は何をしていたのか。  何かその欠片でも見つける事が出来れば…。  何も発見出来なければ、上も判断を下せない。もし、闇の痕跡を見つけられなければ、みすみす見逃す事に成りかねないのだ。  ルークスは唇を噛んだ。
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