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「やあ。今晩でさよならとは、寂しい限りですな?」
主人のデセーオがゆったりとした仕草で、グラスを掲げる。
「いえ。こちらこそ、大変お世話になりました」
帰って来たデセーオに、先程報告した所だった。
「なんのお構いもせず、済まなかったですね。せめて最後の晩餐を楽しんでいってください」
今までより、更に豪華な食事が運ばれてくる。酒も次々と注がれ、流石に途中で断りを入れた。
「しかし、あなたはお美しいですな? 光の神子はみな優れた容姿を持つといいますが。こうして見るとやはり普通の人とは違う…」
デセーオはグラスを傾けながら、ねっとりとした視線を向けてくる。
それは何か恐怖をも感じさせるのだが、それを表には出さず、
「そんなことは。私など、神子の末席にいるものですから」
「あなたが? …それは謙遜でしょう。あなたが末席なら、この世のもの全てがその下になる…」
「お戯れを。私程度のもの、どこにでもおります。さて、そろそろ、時間が来たようなので──」
光の館では、これから報告を兼ねた打ち合わせが入っていた。既に時刻は午後九時を回るが、時間など関係ない。
アルドルらにも連絡を入れてあった。明日にでも顔を出すと。一旦、館に戻ってから再度出直すつもりだった。
「わかりました。残念ですがこの辺でお開きですね? しかし、すっかり飲ませてしまって。少しお部屋で休んでいてください。こちらで足を用意させます。シン、馬の用意を」
「は」
シンが退出したのを見届けると、デセーオは下僕からワインとグラスを受け取り、立ち上がって自らが注いだ。
「これは私の祖国からわざわざ運んで来た逸品です。最後にどうぞ」
デセーオ自らこちらに歩みより差し出してくる。流石に断れない。
「では。一口だけ…」
白ワインだった。琥珀色に近いそれが蝋燭の光を受けて飴色に輝く。
口に含むと、スッキリとした柑橘の香りが鼻に抜けた。少し舌先に痺れを感じたのは気の所為か。
デセーオはそれを見て笑むと。
「シンから、聞きませんでしたか?」
「何をですか?」
グラスをテーブルに置くと、傍らに立つデセーオを見上げる。
「私は美しいものに目が無いのですよ。特に金色に光輝くものには…」
デセーオの手が、テーブルに置いたままの手の上に重なる。
不穏な空気を察知し、イスから立ち上がろうとすると、グイと手首を掴まれた。
「っ!?」
「あなたに闇の力を見せれば、抵抗されるのは目に見えています。…ですから、少しワインに仕掛けを」
闇の? やはり──。
舌先の痺れが、徐々に身体に広がって行く様だった。デセーオの手を振りほどけない。
「…に、を…?」
「殺しはしません。当分、楽しませていただきます…。貴重な光の神子ですから」
デセーオの顔が目前に迫った所で記憶が途切れた。
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