第4話 守りの力

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 外は夜が明ける頃だった。  薄っすらと東の端が明るくなりかけている。冷えた空気がローブ一枚の身に染みた。  アルドルは直ぐに用意してあった毛皮でルークスをくるむと、乗ってきた馬へ跨がる。 「シン!」  ケオが呼ぶと、ほどなくしてシンが玄関から姿を現した。追手をさばきながらも、こちらに向かってくる。 「行くぞ!」 「ああ…!」  アルドルが促す。僅かに息は上がっているものの、ケガ一つしていなかった。  同じく用意してあった馬へと乗る。こちらはシンの愛馬の様だった。慣れた様子で手綱を引く。  馬上からも応戦するが、追手も力尽きたのか、ある程度まで走るともうついてはこなかった。  暫く走り続け、ようやくアルドルの住む村のはずれまで来ると、息をつく。  それからアルドルらの家へと連れてこられた。  家と言っても民家のそれではなく、城と言ってもいいほどの石造りの重厚な建物だった。  アルドルら兄弟の育ちの良さが伺える。  二人はこの村の部族の首長の息子とのことだった。  闇の力の影響で立つこともままならないルークスは、一室を充てがわれ、ベッドに寝かされることとなる。 「ここでシンと休んでいてくれ。俺とケオは外を見てくる。シン、後を頼んだ。終わったらまた戻る」  アルドルたちは仲間を集め、村の周りに警備をたてに行った。  その間、シンが甲斐甲斐しく世話をし、立ち回る。  すぐに湯あみし、身体を綺麗に拭われた。それでようやく一息つける状態となる。  今はベッドに横なるルークスの傍ら腕を組んで座っていた。 「どうして…俺を?」  助けたのか。  闇の神子であるなら、仕えるべきはあの男のはず。 「あなたが、デセーオの手に堕ちると分かって、黙っていられなかった…」 「しかし…俺は、君にとって敵だろう?」  シンは哀しみに満ちた目をこちらに向けてくる。 「確かに、そうなるのだろうが…。俺にとって、あなたは敵じゃない。大切な…存在だ。デセーオのような、汚い人間に触らせたくは無かった」  真摯な眼差し。  言ってからまた俯いたシンの手を取ると。 「あのままなら俺はきっと奴の好きにされていた…。命も危うかった。危険を顧みず、助けにきてくれてありがとう。シン」  そこでシンはこちらをじっと見つめてきた。  灰銀の瞳はもの言いたげにこちらを見つめている。  やはり澄んでいる。  そう思った。  シンの手が恐る恐る伸び、顎を捉える。  何が来るか分かって、目を閉じたと同時、そっと優しいキスが唇に落とされた。  シン──。  今までに誰にも与えられたことのない、温もりをそこに感じる。嬉しかった。  それが深くなる一歩手前で。 「ルークス。今、光の館のひとが──」  ノックと同時にケオが入ってきた。  開けれらた扉に慌てて二人ともに身体を離したが、その行為は見られていただろう。  しかし、ケオは、あっと小さく声を上げたのみで。 「…今、館の人が到着したよ。オレオルっていう光の神子が──」 「ルークスはいるか? 闇の神子に襲われたと聞いたが──」  ケオが最後まで言い終わらないうちに、彼を退けるようにしてオレオルが入ってきた。珍しく金の髪が乱れている。  そしてシンを見るなり不可解な表情になると。 「お前は…。闇の神子か。どうして、ルークスの側にいる…」  直ぐに攻撃の体勢に入るが。ルークスは割って入った。 「やめてくれ! オレオル。彼は俺を助けてくれた。…恩人だ」 「恩人、ね?」  オレオルはシンを値踏みするように見つめ、 「闇の神子は発見次第、処分すべきだ。光の神子はそう教わってきたはずだが?」 「言っただろう? 俺は彼に助けられた。彼は自身の主を裏切って私を窮地から救ってくれた。敵ではない…」  二人の対立した空気を、シンは遮る。 「俺は…デセーオの…闇の王の部下だった。だが、もう奴の元へは戻らない。欲しい情報があるなら幾らでも話そう」 「シン…」  ルークスはシンの決意に熱いものを感じたが。  オレオルはシンの言葉を無視し、冷たい眼差しをこちらに向けると。 「…君を救ったのは、この私のはずだ」 「オレオル?」  と、そこへアルドルが戻ってきた。 「ルークス! 今、家の周囲の警備は固めてきたが──って、こいつは?」  オレオルに気づき、怪訝な表情を見せる。そこへルークスが説明を入れた。 「館から来た光の神子、私の同僚だ。今回の調査を一緒に行うものだ…」  ルークスの言葉にアルドルは顎に手を当てながら、オレオルを見返す。 「へぇ。一緒に、ねぇ? あんた、ルークスがどんな危険な目にあったか分かってんのか? 俺たちが助け出さなきゃ、今頃、闇の神子の餌食に──」 「口をつつしめ! 私はお前たち下賤な輩と言葉を交わす事など本来あり得ないのだからな」  ざっと、館から連れてきた兵たちがアルドルとケオ、シンを取り囲む。 「オレオル。彼らをどうこうする前に俺を処分しろ。彼らに巻き添えを食わしたのは俺だ。全ての責任は俺にある」  ルークスはベッドから身体を起こし、床へと足をついた。思わずよろけそうになった身体を、シンが傍らから支える。 「無理をするな…」 「いや。大丈夫だ」  シンの腕を借りながら、もう一度そこへ立つ。今度はよろめくことはなかった。そうしてオレオルを見返すと。 「森の奥の館。あそこに闇の神子よりさらに強力な力の持ち主がいた。闇そのものだ。彼が元凶。闇の王だ。今のうちに手を打たねば、全てが闇に染まる。ここで彼らといざこざを起こしている場合ではないはずだ」 「まあ、そうだね。確かにその通りだ…」  オレオルは一歩一歩近づき、ルークスの正面で立ち止まると、顎に手を伸ばし上向かせる。 「君を闇の神子から救ったのは、私が施した守りの力のお陰だ。奴に何かされそうになった時、それが発動したはず。覚えはないか?」  そこではっとする。  確かに、闇の霧が身体を侵そうとした時、それが弾かれていた。 「思い当たったか。君を抱く事で、私の力をそこへ分け与えたのさ。今回の件でその効力も失せただろう…。また施そう」  ニッと笑むと捉えた顎を掴み、そのまま無理やり口を合わせてきた。 「や──っ…!」  息も継げなくなる。そこに温もりは感じなかった。冷たくぬめるおぞましい感覚があるのみ。  そうして、見せつける様な乱暴なキスを終えると、 「…君たち、ご苦労だったな。直に本部から正式な部隊が到着する。この村を拠点にあの館を攻め滅ぼす予定だ。ご協力をありがとう。──それから、その闇の神子は捕らえよ。必要な情報を引き出したら、すぐに殺せ」 「は」  兵がすぐにシンを取り囲み、捕縛する。 「止めろ! 彼は友人だ! オレオル、止めさせろ!」 「私に頼むのか? ルークス」 「っ…!」 「君の頼みなら聞くのもやぶさかではないが、見返りが欲しい…」 「何が望みだ。お前にならもうやっただろう? それに、俺の許可などお前に必要か? 勝手に奪うのはお手の物だろう」  オレオルは嗤う。 「君の心だ。ここで君からキスしてくれないか。ただのキスじゃない。恋人のキスだ。私だけのものになると誓え。そうすれば、奴を生かしてやろう…」 「!」 「ルークス、やめろっ! 意に沿わないことをするな! 俺は──あなたのに会えただけで充分だ…。その男のいいなりになどなるな!」  シンの言葉に身を裂かれる思いがした。  しかし、やはりこのままではシンの命が危ない。それと自分の身の上など比べようもなかった。  ルークスはキッとオレオルを睨みつけると。 「それで…、彼を自由にするのか?」 「…君の選択次第だ」  唇を噛みしめた後、長身のオレオルの首を引き寄せキスをした。甘い、一見すると恋人同士のキスだ。  けれど、そこに思い浮かべたのは──。  長い時間が過ぎたように感じた。  実際は大して経ってはいないだろう。唇を離し、オレオルを睨み返す。紫の瞳は熱に揺れていた。 「…いいだろう。その男を生かしたまま、奴のねぐらに返してやれ。そこで主人の許しを乞うてくるといい」 「まて! それでは彼が──!」  オレオルはルークスの手首をつかみ吊り上げる。 「っ!」 「本当に奴に持っていかれたな? 自分の立場を理解しろ。でないと身の破滅だぞ? 奴は闇の神子なのだからな? 一生、交わる事など許されない。…連れていけ」  オレオルの指示に、兵が捕縛したシンを引きずる様に連行していった。 「シン! 戻るな…!」  しかし、オレオルに羽交い絞めにされ、追うこともできない。 「お前、最低だな?」  それまでのやり取りを見ていたアルドルは吐き捨てるようにそう口にすると、そのあとを追った。  ケオもついていくが、一度立ち止まるとオレオルを振り返って。 「あなた、可愛そうなひとだ…」  それだけ言い残すと部屋を出ていった。 「この後、ここを拠点に闇の館へ襲撃をかける。準備しておけ」 「はっ!」  配下の兵が恭しく頭を下げ退出していった。  ルークスはオレオルの胸を突き飛ばすと、その腕の中から逃れた。 「ひとりに、してくれ…」 「そうはいかない。君は闇の力にやられている。手当てが必要だ。それに、もう一度、守りをかける必要があると言っただろう?」 「放っておいてくれ!」  しかし、オレオルは手を掴み離さない。 「君はもう、私のものなのだ。選択しただろう? 逃がしはしない…」 「!」 「さあ、ベッドに横になって目を閉じるんだ。…守りを施そう」  オレオルが無理やり身体を抱き上げ、ベッドへと放る。  いつの間にか部屋にはオレオルと二人きりになっていた。 「…大人しく言う事を聞いていればいい」  オレオルがベッドに乗り上げ、覆い被さってくる。顎を掴まれ、無理やり唇を合わせられた。  デセーオの次はオレオルか。  どうして皆、貪ろうとするのか。  しかし、今回は途中で終わることはないのだと理解していた。涙が頬を伝う。  シン。俺は──。  オレオルの冷たい手が、身体に触れていった。
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