第1話 光の神子

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「で、すぐにでもそこを訪れたいって?」  オレオルはけだる気に、額に垂れてくる金糸をかき上げながら、一方の手で空いたグラスにワインを注ぐ。  その豊潤な香りが部屋に漂った。  オレオルが座るのはシーツの乱れたベッドの上。その傍らのサイドボードにあるグラスにはもう一つ、飲みかけのグラスが置いてあった。  先ほどまでそこにいた女性の気配が残る。むっとする人いきれに、窓を開けたくなった。 「そうだ。話はついている。発見したと言う部族の若者に道案内を頼んだ。明日にでも行く予定だ」 「生憎私は予定がはいっててね。見てくるだけなんだろ? だったら他の者に任せればいいのに…」 「直接、この目で確かめたい。あなたは残ってくれていい」  もとより、そのつもりだった。  だいたい、この男と道中一緒なのは気が重かったのだ。引いてくれてホッとしたくらいだった。 「ふふ。君は仕事熱心だね? まじめで堅物。落とそうとしても決して落ちないって有名だよ?」  ワイングラスから口を離すと、こちらに掲げて見せた。 「飲む?」 「いや。まだ仕事中だ。それに、ここは職場だ。落とす落とさないの話は関係ない」  そんな話が出回っているとは。  確かにたまに何かの会合や催しで、声をかけてくる男女はいた。しかし、世間話程度でこれと言って迫られた記憶は無い。  オレオルは笑う。 「君、気付いてないんだね? 相手が必死にアプローチしてもさ。それに、人生は楽しまないと。いつ終わるかわからないんだし、ね」  グラスをサイドボードへ置いたオレオルは、こちらに歩み寄ってくる。足取りがふらついて見えるのは気のせいか。 「オレオル、飲みすぎだ。話は終わったのなら俺これで。ゆっくり休んで──」  くれ、そう言いかけた所で、オレオルの身体がふらりとよろめいた。 「危ない!」  ルークスは腕を差し出し、その身体を咄嗟に支えた。思ったより筋肉質な身体に驚く。  一見、白くひ弱そうに見えたその容姿からは想像もつかないほど、しっかりとした体躯だった。 「ごめん。やっぱり飲みすぎたみたいだね。ちょっとベッドまで支えてくれるかい?」 「ああ…」  肩を貸し、ベッドサイドまで来ると、オレオルを座らせようとする。  しかし、突然強い力で腕を引かれ、気がつけばベッドにうつ伏せにされていた。 「?!」  ぐっと、背に重みがかかる。シーツに頬が押し付けられ、両腕を背中で拘束された。 「ルークス。君は少し迂闊だね…」  言いながら、緩く結んだだけの腰のベルトにオレオルの手がかかった。  何をしようとしているのか気づき、慌てて身を引こうとする。 「なにをするつもりだ! 止めろ。オレオル!」 「ねぇ…。私が君を好いてるって言ったら、この行為を認めてくれるかい?」 「嘘だ。単なる興味本位とはけ口だろう? 誰かを真剣に好いているなど、信じられない。お前の遊びに付き合ってる暇はない! 手を放せ!」  普段の様子からも、それは窺えた。誰に対しても遊びで本気になったことなどないはずだ。  この神子の館に住むようになってから、ずっとオレオルを見てきたが、そんな話は聞いたことがない。 「そんな風に思われていたなんて、心外だな…」  オレオルはすっかりベルトを外すと、着ていた長衣を脱がしにかかる。頭から被っただけのそれは、容易に脱がすことが出来た。 「馬鹿なことはやめろ!」  身体を捻って起こそうと藻掻く。しかし、オレオルの抑え込む力はそれを上回っていた。あっという間に素肌が晒される。 「馬鹿じゃないさ。奥の手も使って、やっと君と二人きりになるきっかけを作れたのに、生かさないわけないだろう?」 「…奥の手?」 「そうだよ。今回の件、どうしても私に頼みたいと言うから、条件をだしたんだ。君をパートナーにできるなら、とね。何人か候補はいたみたいだけれど。勿論、即受け入れてくれたよ。そうして、君はいまここにいる…」  その言葉にルークスは思わず頭が真っ白になった。自分は能力を買われてこの役を仰せつかったのだと思っていた。  それなのに、こんな男に利用されていただけとは──。 「放せ! お前の顔など、見たくもない!」 「無理だよ。どんなに叫んだって、誰も来ない」  言う間に、背中にある両手首を解いたベルトで縛り上げてしまう。無理な姿勢に腕に痛みが走った。 「っ…!」 「大人しくなったら解いてあげるよ」  オレオルが晒された背中へ口づける。思わず鳥肌が立った。 「大丈夫。怖いことは何もない。私に任せて──」 「っ…!」  次に首筋にキスが落とされ、それが背中へと再び下りて行く。行為は優しいのに、オレオルの腕を掴む力は緩まない。  先ほど支えた身体は到底、遊んでばかりいるもののそれではなかった。武人としてかなりの腕も立つのだろう。  自分が敵う相手ではないことは分かっていた。 「…無理やりこんなことをして、俺が受け入れるとでも?」 「どうだろう? 君は優しいだろう? 私がどれだけ君を愛しているか知れば、これもいつか受け入れてくれるんじゃないかな?」  キスが背中の敏感な場所を何度も往復した。其のたびに身体が震え、オレオルが笑う。 「…いいね。とても」 「なぜ? 俺を? いつ…」 「さて。ここで初めて見かけた時から、かな? 一目で気に入った。美しい容姿。その上、綺麗な心を持ってるって、すぐにわかったよ。私だけのものにしたいと思った…」 「この程度の容姿の者ならいくらでもいるっ! 綺麗など、ろくに知りもしないのに、そんな理由で…!」  すると、オレオルは笑う。 「私はね、大抵の人の心が読めるんだ。どれくらいどす黒い心を持っているか、それとも真っ白な心をもっているか。どんなに嘘をついても分かる。君はとても高貴で汚れを知らない。私がどんなに汚しても、君はきっと綺麗なままだ…」  オレオルのキスが背中からもっと下部へと移っていく。さすがに声を荒げた。 「やめろ! そんな──」 「ふふ。かわいいね。照れてるの? 恥ずかしがらなくていいよ。そんな事、忘れられる位、良くしてあげるから…」  ぐいと腰を掴まれ引き上げられる。腕が自由にならない今、これでは為す術もない。 「ふざけるな! 離せ!」 「悪いけど、君を逃すつもりはないんだ…」  残酷な宣言だった。
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