第2話 出会い

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「あなた、ひとりなのか?」  待ち合わせた村の外れに現れたルークスに、案内役の男が不思議そうな顔をして見せた。  茶色い髪に紅い目を持つ、炎を司る部族の青年だった。  年は自分より少し若い位か。しかし、身長は高く体格もいい。  もう一人、連れがいた。同じ種族らしい少年だった。こちらの少年は小柄で華奢だ。 「ああ。私ひとりだ。ルークスだ。よろしく」  オレオルはそんな仕事は下の者にやらせておけばいいと、やる気の一つも見せなかった。行く気はないらしい。  それならと、今日朝早く、館までの道案内を頼んだのだった。  天気は余り良くない。時折冷たい雨が風と共に吹き付けた。 「俺はアルドル。こっちは弟のケオだ。森の中は弟の方が詳しい。道案内は弟に頼む。よろしく」  青年の差し出された手を握り返す。  弟のケオはニコリと笑み首を傾げると、まだ幼い手を差し出して来た。  小柄なせいもあるが、かなり幼く見える。アルドルよりは十歳くらいは下だろうか。 「よろしく。ルークスはとっても綺麗だね?」 「は…?」 「おい、ケオ余計な事言うな。すまねぇ。ガキだから遠慮なく思ったことすぐ口にしちまう」  アルドルは、ポカリとケオの頭を叩いてから、こちらに謝って見せる。 「いいんだ。ケオを叱らないでくれ。気にしていない」  ふわりと笑むと、何故かアルドルまでもが頬を染めた。 「…っ」 「あ、兄さんだって…」  ケオがぎゃっと小さな声を上げた。足を踏みつけられたらしい。  光の神子には総じて容姿の美しい者が多い。  白い肌に金糸の髪。選ばれた者は、体格の差はあれ大体がみな同じ姿を持ち合わせている。  出自はまちまち。両親ともに光の神子の場合もあれば、どちらか一方の場合もある。  大抵はそれだが、稀に突然変異の様に生まれ出るものがいた。  それがルークスだった。  両親はごく普通の人達だった。家は貧しく、まだ赤ん坊だった弟を抱え、両親共に働いていた。ルークスも物心つく頃には、近くの農園で働いていたが、その容姿がひと目を引くようになり、そこを管理する地主に見初められた。  金髪は珍しい。それは光の神子の素質を現すからだ。  地主は当分の間不自由しない額と、仕事を与える事と引き換えに、両親からルークスを引き取り、自分の養子として迎えた。  弟のライオが未だに両親を赦し切れていないのは、その行いに依るものだった。  自分を育てるため、兄を売った、そう思っている。  俺は気になどしていないのに。  そうしなければ、互いに生きられ無かった。互いの幸せを思った結果だった。  そうして、十歳になる頃、光の神子の館へとルークスは送られた。  光の神子が身内から出ればそれだけで権威もあがるし、箔もつく。自分達の優位をより強く見せつけるための道具だった。  そこで光の神子としての修練を積み、成人を過ぎた頃、養父の元から独立し、正式に光の神子として迎えられた。  ルークスは純粋な神子とは違う。  一握りの者しか許されない、白い着衣。  それを許されたものの、その能力のほとんどが修練と努力の賜物によるものだった。  あるかないかの僅かな素質に鍛錬を重ね、辛く厳しい修行に耐え、強くしていった。  やっと認められた、そう思ったのに…。  昨晩のオレオルの言葉に真っ暗な闇へ堕ちていくように感じた。ただ、オレオルの慰み者として、引き上げられたに過ぎない。  それでも、この重要な役目を授かったのだ。力の限り、全うするのが務めだ。  アルドルは歩を進めながら。 「今日はこのまま、館の傍まで行ってみるつもりだ。人の出入りはあまりない。時折馬に乗った男が数人出入りするだけだが…」 「どうして、闇と分かった?」 「その…見たんだ…。狩りの途中、館の近くまで迷って入り込んでしまって。そこで、暗闇に渦巻く闇を見た。闇に呑まれる人の手と、それを見ていた人影が…。あれは、普通じゃねぇ」  アルドルの顔がこわばる。 「渦巻く闇か…」 「あれは、何なんだ?」 「光と相反するもの。この世を闇に塗り替える為、魔の世界から送り込まれたもの。それに呑まれれば、普通のものなら跡形もなく消滅するだろう」 「なぜ、そんなものが今…?」 「闇が時を経て力を得たのだろう。過去にも幾度か撃退されている。今、光の神子に強力な力を持つ者がいる。それは、対になるものが生まれたからに他ならない」 「対に…?」  ルークスは哀しい笑みを浮かべると。 「闇の神子だ。それもただの神子ではなく、とても強力な…」 「それを、倒すことはできるのか?」 「今ならまだ間に合う。そこまで強い闇を感じない。取り敢えずこの目で見て確認しなければ」 「分かった。行こう。猟人のふりをして行くからそのつもりで…」 「分かった」  そのまま、アルドルとケオの案内で森の奥まで分け行った。  小一時間程した頃から雨脚が強くなって来た。森には殆ど人の気配はないが、辛うじて獣道に残る馬の足跡に、その跡を見た。 「そろそろ、館の敷地内に入る頃かと」  アルドルが茂る木々を掻き分け、先を探る。 「あ、兄さん。誰か──」  ケオがそう声を上げたと同時、傍らの茂みから突然、何かが飛び出して来た。 「うわっ」  ケオが尻もちを付く。見れば大きな黒い目を潤ませた、一頭の牡鹿だった。立派な角に目がいく。 「ったく、紛らわしい」  アルドルがケオが起きるのに手を貸したその時、再度茂みが揺れて何かが飛び出して来た。また鹿かと思えば。 「ウォン!」  野太い声。一頭の犬が躍り出てきた。体が黒く硬い毛で覆われ、ひと目で猟犬と知れた。 「危ない──」  ケオが叫ぶ。何を思ったか、その猟犬がこちらに向かってきたのだ。 「っ!」  腕で顔を庇うと、そこへ飛び掛かって来た。子牛ほどあるその巨体に飛び掛かられ、身体が背後に押し倒される。  あっと思った時には、その背後に隠れていた崖に身体がすべり落ちていた。 「ルークスっ!」  アルドルが駆け寄ろうとするが、間に合わず。飛び掛かった犬は飛び退いて無事だったのか、崖の上にその顔が覗いて見えた。  それが、最後に見た景色だった。
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