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「あなた、ひとりなのか?」
待ち合わせた村の外れに現れたルークスに、案内役の男が不思議そうな顔をして見せた。
茶色い髪に紅い目を持つ、炎を司る部族の青年だった。
年は自分より少し若い位か。しかし、身長は高く体格もいい。
もう一人、連れがいた。同じ種族らしい少年だった。こちらの少年は小柄で華奢だ。
「ああ。私ひとりだ。ルークスだ。よろしく」
オレオルはそんな仕事は下の者にやらせておけばいいと、やる気の一つも見せなかった。行く気はないらしい。
それならと、今日朝早く、館までの道案内を頼んだのだった。
天気は余り良くない。時折冷たい雨が風と共に吹き付けた。
「俺はアルドル。こっちは弟のケオだ。森の中は弟の方が詳しい。道案内は弟に頼む。よろしく」
青年の差し出された手を握り返す。
弟のケオはニコリと笑み首を傾げると、まだ幼い手を差し出して来た。
小柄なせいもあるが、かなり幼く見える。アルドルよりは十歳くらいは下だろうか。
「よろしく。ルークスはとっても綺麗だね?」
「は…?」
「おい、ケオ余計な事言うな。すまねぇ。ガキだから遠慮なく思ったことすぐ口にしちまう」
アルドルは、ポカリとケオの頭を叩いてから、こちらに謝って見せる。
「いいんだ。ケオを叱らないでくれ。気にしていない」
ふわりと笑むと、何故かアルドルまでもが頬を染めた。
「…っ」
「あ、兄さんだって…」
ケオがぎゃっと小さな声を上げた。足を踏みつけられたらしい。
光の神子には総じて容姿の美しい者が多い。
白い肌に金糸の髪。選ばれた者は、体格の差はあれ大体がみな同じ姿を持ち合わせている。
出自はまちまち。両親ともに光の神子の場合もあれば、どちらか一方の場合もある。
大抵はそれだが、稀に突然変異の様に生まれ出るものがいた。
それがルークスだった。
両親はごく普通の人達だった。家は貧しく、まだ赤ん坊だった弟を抱え、両親共に働いていた。ルークスも物心つく頃には、近くの農園で働いていたが、その容姿がひと目を引くようになり、そこを管理する地主に見初められた。
金髪は珍しい。それは光の神子の素質を現すからだ。
地主は当分の間不自由しない額と、仕事を与える事と引き換えに、両親からルークスを引き取り、自分の養子として迎えた。
弟のライオが未だに両親を赦し切れていないのは、その行いに依るものだった。
自分を育てるため、兄を売った、そう思っている。
俺は気になどしていないのに。
そうしなければ、互いに生きられ無かった。互いの幸せを思った結果だった。
そうして、十歳になる頃、光の神子の館へとルークスは送られた。
光の神子が身内から出ればそれだけで権威もあがるし、箔もつく。自分達の優位をより強く見せつけるための道具だった。
そこで光の神子としての修練を積み、成人を過ぎた頃、養父の元から独立し、正式に光の神子として迎えられた。
ルークスは純粋な神子とは違う。
一握りの者しか許されない、白い着衣。
それを許されたものの、その能力のほとんどが修練と努力の賜物によるものだった。
あるかないかの僅かな素質に鍛錬を重ね、辛く厳しい修行に耐え、強くしていった。
やっと認められた、そう思ったのに…。
昨晩のオレオルの言葉に真っ暗な闇へ堕ちていくように感じた。ただ、オレオルの慰み者として、引き上げられたに過ぎない。
それでも、この重要な役目を授かったのだ。力の限り、全うするのが務めだ。
アルドルは歩を進めながら。
「今日はこのまま、館の傍まで行ってみるつもりだ。人の出入りはあまりない。時折馬に乗った男が数人出入りするだけだが…」
「どうして、闇と分かった?」
「その…見たんだ…。狩りの途中、館の近くまで迷って入り込んでしまって。そこで、暗闇に渦巻く闇を見た。闇に呑まれる人の手と、それを見ていた人影が…。あれは、普通じゃねぇ」
アルドルの顔がこわばる。
「渦巻く闇か…」
「あれは、何なんだ?」
「光と相反するもの。この世を闇に塗り替える為、魔の世界から送り込まれたもの。それに呑まれれば、普通のものなら跡形もなく消滅するだろう」
「なぜ、そんなものが今…?」
「闇が時を経て力を得たのだろう。過去にも幾度か撃退されている。今、光の神子に強力な力を持つ者がいる。それは、対になるものが生まれたからに他ならない」
「対に…?」
ルークスは哀しい笑みを浮かべると。
「闇の神子だ。それもただの神子ではなく、とても強力な…」
「それを、倒すことはできるのか?」
「今ならまだ間に合う。そこまで強い闇を感じない。取り敢えずこの目で見て確認しなければ」
「分かった。行こう。猟人のふりをして行くからそのつもりで…」
「分かった」
そのまま、アルドルとケオの案内で森の奥まで分け行った。
小一時間程した頃から雨脚が強くなって来た。森には殆ど人の気配はないが、辛うじて獣道に残る馬の足跡に、その跡を見た。
「そろそろ、館の敷地内に入る頃かと」
アルドルが茂る木々を掻き分け、先を探る。
「あ、兄さん。誰か──」
ケオがそう声を上げたと同時、傍らの茂みから突然、何かが飛び出して来た。
「うわっ」
ケオが尻もちを付く。見れば大きな黒い目を潤ませた、一頭の牡鹿だった。立派な角に目がいく。
「ったく、紛らわしい」
アルドルがケオが起きるのに手を貸したその時、再度茂みが揺れて何かが飛び出して来た。また鹿かと思えば。
「ウォン!」
野太い声。一頭の犬が躍り出てきた。体が黒く硬い毛で覆われ、ひと目で猟犬と知れた。
「危ない──」
ケオが叫ぶ。何を思ったか、その猟犬がこちらに向かってきたのだ。
「っ!」
腕で顔を庇うと、そこへ飛び掛かって来た。子牛ほどあるその巨体に飛び掛かられ、身体が背後に押し倒される。
あっと思った時には、その背後に隠れていた崖に身体がすべり落ちていた。
「ルークスっ!」
アルドルが駆け寄ろうとするが、間に合わず。飛び掛かった犬は飛び退いて無事だったのか、崖の上にその顔が覗いて見えた。
それが、最後に見た景色だった。
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