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2.鄙美
怨霊魔美子は今年で二十二歳だ。しかし他人にはいつも十六、七歳に間違われる。原因は背の低さと童顔と服装のせいだが、本人は間違える奴が全員近眼でロリコンなんだと思っている。例え間違えた相手が女でもロリコンはロリコンだと思う。今はそういう世の中だから。
そんな魔美子の今日の服装は、色とりどりのお魚イラストが描かれた総柄の袖なしワンピに、銀色に輝くスニーカー、アクセントとして頭の上に頭の倍はある大きさの黒いリボンを付けている。本人的には、今日はかなり地味な格好だと思っている。
魔美子はコンビニを出るとベンチに置き忘れていたリュックを手に取り、中身が盗まれていないか顔を突っ込んで確認した後、肩に背負った。
「痛い!」
魔美子が全力で振り回した黒いリュックが鄙美の腕に当たって、鄙美は大袈裟によろけてベンチに座り込んだ。魔美子は激しく舌打ちして、
「じゃあな」
と言って大股で歩き出した。
「あの!」
鄙美は立ち上がって魔美子を追いかけた。
「やめろよなんでついて来た、追いかけてくるな、お腹が痛いんだ、私はこれから帰って家の便所にこもるんだ!お前のせいだぞ!」
「え?あの!」
鄙美は追いすがり、魔美子の隣を並んで歩いた。
「私とても困ってるんです」
「私の方が困ってる絶対に!お前のせいで!お前のせいで!」
魔美子は前を向いたままぐんぐん早歩きで先を急いだが、鄙美は負けじと追い縋り、構わず話し続けた。
「何で私のせいなんですか?」
「うるさい!」
「そ、それより、義兄の家で何だか理解不能がことが起こってるんです」
鄙美は打ち明けた。
本当は赤の他人に話して聞かせるような内容ではなかったが、この時出会った魔美子の独特な雰囲気に魅了され、つい相談してみたくなったのだ。非常識だとは知りつつも、もしも魔美子が本当に摩訶不思議な力を持っているなら、理解不能の出来事に悩まされる自分たちに助言を与えてくれるかもしれない、そう思ったのだ。しかし、
「先日、私の姉が亡くなって……」
鄙美が言うや否や、
「うっさい黙ってついて来い!」
魔美子は泣き叫ぶような声を上げ、全速力で走り出した。
魔美子の家は、都心部から離れた郊外に建つ、築半世紀以上の平屋である。周囲は同じく築年数の経った空き家ばかりで、近所に住んでいるのは夜から朝まで一晩中自転車をこいでいる「マンバ」と呼ばれる老女だけである。だがこのマンバとも、まともに話をしたことはない。入居の際、偶然家の前で出会った時に、
「こんにちわ、この近くの人?」
と魔美子の方から声をかけた。しかしマンバは答えず、じっと魔美子の目を見据えた後、何も言わずに自転車で走り去ったのだ。
「何だあいつ!」
それ以降夜中に近所の通りで見かけても、魔美子の方から話しかけることはなくなった。
家の裏手は鬱蒼とした林で、とにかく日当たりが悪い。夏場は涼しくて丁度いいが、害虫の多さにはいつも悩まされている。喧噪から遠く離れた静かな環境は気に入っているものの、やはり快適な生活であるとは言い難く、時折引っ越しの二文字が頭を過ぎることがある。だがワケありで故郷には帰れない点と、他人に干渉されない静かな生活を手放すことを考慮すれば、虫どもと一緒に過ごす方がまだマシだといつも思い直してしまうのだった。
「あー、いててて」
魔美子は帰宅するなりトイレに籠った。そしてその後ろをついて来た鄙美は廊下に座って膝を抱えた。家には他に誰もいない様子だった。魔美子がすぐにトイレに駆け込んでしまったせいで、明かりの点いてない家の中は昼間だというのに背筋が寒くなる程暗かった。その上鄙美は突然他人の家に上がり込んだことに気後れし、しかもひとりぼっちにされたものだからドキドキして居心地地も悪い。
「あのコンビニ、トイレットペーパーが切れてたんだ」
と魔美子は言う。
「……そうですか」
「ぜってーワザとだよなぁ」
「あの」
言いかけて、鄙美は口を閉じた。「……」
不意に、家の奥から声が聞こえた気がしたのだ。
だが、暗すぎて家の奥など見えやしない。
(他に誰かいるんだろうか)
目を凝らしても何ひとつ見えないし、耳を澄ました所で何も聞こえない。
「姉が亡くなって、ほいで?」
「あ、はあ」
魔美子に問われ、鄙美は強く両膝を抱き寄せた。
「姉は、交通事故にあったんです」
二ヶ月程前だ。夜、仕事からの帰り道。住宅街を歩いていた窮屈鄙美の姉、婀娜花紙魚子が車にはねられて死んだ。即死だったそうだ。その後犯人は自首せず、目撃者も現れなかった。
「あんた名前はなんてーの」
トイレの中から魔美子が尋ねた。
「窮屈鄙美です」
「婀娜花じゃないんだ」
「姉は結婚していて、窮屈は旧姓です。あの、あなた、お名前は?」
「私は怨霊魔美子だよ。それで、理解不能なことって何」
「姉には子供がひとりいます。その子は今父親と二人暮らしなのですが、私にとって義兄であるその人の家で、夜な夜な変なことが起きるんです」
「変なことって?」
「それが」
「それが?」
……幽霊が出る、という。
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